33 複雑な道
「サトゥルニアさま! ご命令を!」
「皇宮に向かい、光の転移者オータキの指揮のもと、闇の転移者イオン・ヤタテから皇帝陛下を奪還せよ!」
「はっ!」
軍隊はいっせいに動き始めた。すごい迫力だ。芸能人が自衛隊を見学しに行く番組があったが、あの芸能人はこういう気分だったんだろうか。
「まず皇宮に向かいましょう」
わたしがそういうと、兵士たちは「御意!」と返事をした。マジでめちゃめちゃ訓練の行き届いた軍隊だと思った。
サトゥルニア卿の屋敷を出て、さすがに満腹になって仕事に戻ろうとする兵士たちを蹴散らしながら、皇宮を目指す。
たしかに帝都は都市機能を失っているように見えた。
商店の戸は閉められ、食堂には「臨時休業」の張り紙が出されている。種族ごとの昔からの浴場も、「休業中」と札がかけられている。
まるで新型コロナウィルスのパンデミックみたいだ。
足の裏の皮が厚くなっているからか、歩きすぎて足がバカになったのか、皇宮に向かってもしんどいことは何一つなかった。門の前には全身甲冑をまとった、兵士というより騎士というのが正しそうな護衛がついている。ただし馬には乗っていない。
「なにやつ」
騎士は槍を構えた。
「イオンを、倒しに来ました」
「なん……だと? イオンさまを? ……しかし」
騎士はモニョモニョと口ごもる。
「通してくださらないなら押し通りますが」
イカホがそう脅し文句を言った。騎士はそれでも職務に忠実で、
「残念ながら、我々は城にだれも入れるなと言われており……」
と、槍を向けてきた。
ぱっと見が完全にモンハンのガンスなのだが、弾丸を発したりするのだろうか。
「では押し通るぞな!」
ゲロがそう言い、わたしはサトゥルニア卿の兵士たちに「押し通る!」と声をかける。騎士がなにかする間もなく、一気に皇宮への道を押し通る。
城の正門を、体当たりでこじ開ける。
城の中を塊で動くと罠にかかる可能性があることに気付き、班に分かれてイオンと皇帝を探すことにした。さっそくゲロが罠に気づく。
「これは『雄鶏の床』という罠ぞな。これを踏むとクソでかい音がして耳をやられるうえに城中に危険が知らされるぞな」
大名屋敷なんかによくある、いわゆるウグイス張りの異世界版だ。もう城に攻め入ったのは相手も分かっているだろうが、耳をやられるのは困る。
そこをかわして進み、わたしとニュートとイカホとゲロ、それからサトゥルニア卿の兵士数名の班は、謁見の間のほうへと向かう。
想像できる展開としては、城の大きな通路をまっすぐ進むと謁見の間があって、そこにイオンと皇帝がいて、そこでラストバトルというのを想定していた。しかし謁見の間はどうやら複雑な道を進まねばたどり着かないようだ。
そりゃそうだ、いきなり賊に押し入られてまっすぐ進んだ先に謁見の間では、あまりに脆弱である。テレビ局が複雑な作りなのと同じ理屈だ。
とにかくややこしい作りの城のなかを進む。どこかに謁見の間があるはずだ。もしかしたら他の班が見つけているかもしれない。
他の班が発見したら兵士の持っている魔鏡に連絡してもらうことにしてある。しかし連絡は一向にない。
なんだかおかしい。
「罠にかかったかもしれません。いや、かかりました」
兵士の一人がそう呟く。
罠? なんで?
いろいろな思いがぐるぐると巡る。
「我々は、いま……迷いの森と同じ理屈の幻術にかけられています」
迷いの森。この世界に来て初めて聞いた。でもなんとなく想像できる。
迷い込むと二度と出られないやつではないか。
「――そんなら、わしの幻術殺しを使うしかないぞな」
「幻術殺し?」
ゲロがそんなスキルを持っていたなんて初耳だ。
「わしは鬼とヒュームの混血で、生まれたときから得意な技っちゅうものがなんもないぞな。だから頑張っていろんなスキルを覚えたぞな。罠を見つけたり宝箱を開けたりするスキルを」
そのうちのひとつが幻術殺しらしい。
「ただこれを発動すると、体力が削られて使い物にならんくなるぞな。それでもいいぞなか?」
「うん。後で必ず助けに来る」
「了解ぞな。幻術殺し、発動!」
城の廊下がぐにゃっと歪んだ。一瞬頭に衝撃があって、思わず目を閉じてしまう。
目を開くと、そこは城の入り口だった。どうやら入り口をひたすらぐるぐるしていたらしい。
ゲロは廊下に伸びている。イカホが荷物からポーションを取り出してそばに置いてやった。
「よし。進もう」
ありがとうゲロ。みんなで、謁見の間を探すのを再開する。
城の中は、ちょっと悪趣味なぐらい豪華絢爛だった。さすが小国をいくつも束ねる帝国だけある。きっと諸侯からの貢ぎで飾り付けたのだろう。
大理石のような石でできた床には、真っ赤なじゅうたんが引かれている。壁の燭台は金色だ。
まさしくRPGに出てくるお城である。
謁見の間にたどり着くまでにはまだまだ罠があるのではないだろうか。日本の城だって、攻め落とす側の気分で観光すると勉強になるらしい。
向こうからなにやら大群で人が押し寄せてきた。
みな同じ髪型、同じ防具、同じ剣。なんというか特撮の悪の戦闘員みたいな感じだ。あるいは時代劇で悪代官の屋敷に詰めている揃いの着物を着た斬られ役。
「いけない、これは物量で押し切られます!」
イカホが叫んだ。
「じゃあどうするんだ?!」
ニュートが剣を構える。
「時よ停まれ!」
イカホが両腕を突き出して、時間魔法を放った。
時間の壁ができて、戦闘員たちは動けなくなった。時間を止めているのだ。
「早く行ってください! 私はここで彼らを足止めしておきますから!」
「分かった! ありがとう! あとで必ず助けに来る!」
ありがとうイカホ。イカホがどれだけ足止めできるかは分からないが、それでも前に進めるのはありがたいことだ。ただフラグっぽいことを言っていたのはなんだか不安だ。
「イカホ、大丈夫かなあ……」
「大丈夫だ。イカホは時間魔法のプロだからな……仲間は信頼するものだよ」
「うん、そうだね。行こう」
どんどん進んでいく。ふいに視界が開けた。
広い部屋に出たようだ。すだれがあって、その向こうに大きくて豪華な椅子がでんと置かれている。どうやら謁見の間らしい。
しかし皇帝もイオンも見当たらない。もう逃げ出したのだろうか。
「どこかに隠し扉があるかもしれない。こういうときゲロがいれば一発で分かるんだが」
ニュートに言われて、全員で隠し扉を探す。
しかし、隠し扉らしきものは見つからない。玉座の裏に回っても、隠れられそうなところはない。
「もしや……闇のスキルで移動したのかもしれませんな」
そう言い、兵士の一人が魔鏡を取り出し、なにやら操作した。
「間違いありません。闇のスキルを発動したときの、闇の残滓が確認できます」
「闇のスキルで移動、って、どういうものなんです?」
「暗闇の空間を作り出して、そこに皇帝陛下を拉致したのでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます