3 温泉、異世界で戦う
32 いてもたってもいられず
辺境伯領から帝都は、信じられないほど遠かった。しかし大至急行かねばならないので、夜はウミサボテンのスキルを使い、眠くなったらイカホの時間魔法で睡眠時間を圧縮して進む。
これって日本だったら新幹線とか飛行機で移動する距離なんじゃないの、という距離を、とにかくひたすらてくてく歩いた。「走れメロス」状態である。
そうやって帝都に向かう間に、たくさんの難民と出会った。
帝都を追われてきた異種族、いやその言い方はおかしかろう。帝都を追われた、ヒューム以外の種族の人たちが、辺境伯領や帝都周辺の村落に流れ出していたのだ。
人口流出で帝都は経済も回らないし労働力も足りないしで日常生活すら立ち行かなくなっている、とニュートが言った。結局イオンはよく考えないアホということだ。
鋼メンタルのしゃべりすぎるコミュ障のよく考えないアホというのはずいぶんタチが悪い。
帝都が見えてきた。丘の上から、城のような帝都を見る。
足の裏はもう歩きすぎて感覚がない。高校の強歩大会が可愛く思えるレベルのくたびれ方。
帝都の巨大な城塞を見つめながら、視界の右上をつついてみる。
どうやらここまで歩いたおかげでちょっとずつ経験値が貯まっていたらしい。ずっとウミサボテンを使っていたのでなにやら実用的そうなスキルも覚えていた。名前を確認すると「フラッシュ」というスキルだ。
そんな、捕まえて戦わすゲームの洞窟を進む技じゃないんだから……。
丘から四人で帝都を見つめていると、なにやら人々の声が聞こえた。
「オータキ! 俺たちも加勢する!」
現れたのは、たぬき湯の常連だったさまざまな種族の冒険者たちだった。
逃げ出したわたしを、応援してくれるのか。
なんだか涙腺がジンワリした。
「泣いてる場合じゃないぞオータキ。かの邪知暴虐のイオンをやっつけるんだろ?」
リザードマンがわたしの背中をばちばち叩く。痛い。
邪知暴虐ってやっぱり「走れメロス」だ。中学校の国語で出てきたとき、一部の男子が「走れエロス」と言って盛り上がっていたのを……思い出している場合ではない。
「よし! とりあえず作戦会議だ!」
ニュートが帝都の地図を広げた。
「まずはサトゥルニアさまを救い出すところからだな。いまは屋敷に軟禁状態らしい」
と、リザードマンの冒険者が地図上にあるサトゥルニア卿の屋敷に白い石を置く。
「なんでまた軟禁状態に」
「異種族融和を進めたせいでイオンに嫌われているからな。サトゥルニアさまを救い出せば、あとはサトゥルニアさまの軍勢だって自由に動かせるんだと思う」
手紙を頂いてからだいぶ経っているが、その間にこんなことになっていたなんて。
すぐ返事を出さなかったのが心底悔やまれた。でもとにかくやるしかない。
帝都の正面の門はいま人口減少対策として閉められており、入るには壁を登るしかないらしい。そこは大丈夫だ、猫と煙とナントカは高いところが好きということわざ通り、わたしは高いところが好きである。
サトゥルニア卿救出のために、貴族の屋敷が並ぶ区画のある側から壁をよじ登ることになった。まずはケットシーの冒険者たちが、器用に壁を駆け上がり、ロープを降ろして他の冒険者たちも登っていく。
鳥なので体の軽いハーピィや、ねばねばしたウーズはすらすらと登っていく。一方で体格が大きくて重たいリザードマンや、縦方向の移動が苦手なコボルトが苦戦している。
なにかないか。ない知恵を必死で絞る。
「ロープよりはハシゴのほうが登りやすくないですか」と、アンデッドの冒険者。
アンデッドの冒険者は無造作に大腿骨を取り外し、ロープに結んだ。もう片方の大腿骨も結ぶ。
それを見たアンデッドたちは、次々と大腿骨を提供してきた。あっという間に縄バシゴができた。おっかなびっくりそれを登り、アンデッド以外の全員が城壁の上に立った。
「あとはまかせたぞー」
手を振る上半身だけのアンデッドに手を振り返す。
「なんだ貴様らは」
皇帝の紋章をでかでかとヨロイに描いたヒュームの兵士が駆け寄ってきた。リザードマンがぐいっと、相撲みたいにひねって、城壁から城の外に放り出す。
そのままではなかなかの残酷シーンであるが、ヒュームの兵士は魔法で地面に触れるのを防ぎ、それでも城の外なので戻ってこられない。そのうえ、上半身だけのアンデッドたちにリンチされていた。気の毒だが仕方がない。
みんなで今度は壁を降る。さっきのアンデッドのハシゴがまた役に立った。
貴族の屋敷の周辺には、やっぱり皇帝の紋章を身につけたヒュームの兵士が、武装して辺りを見張っていた。サトゥルニア卿だけでなく、いろいろな貴族が軟禁状態になっているようだ。
ただ、見張りの兵士たちは城壁の兵士よりずいぶん簡素な装備である。
こいつはやっかいだ。貴族の屋敷を囲む人工林から様子をうかがうと、兵士たちは口々に「腹が減ったなあ」とぼやいていた。食糧の入った袋などは持っていないようだ。
明らかなブラック労働である。
「なるほどねえ……」と、ケットシーの冒険者がどこからか寸胴鍋を取り出した。
ニュートいわく「ケットシーは腹のたるみになんでもしまえるんだ」とのことで、わたしの頭をよぎったのはドラえもんであった。でもたしかに猫のお腹はたるんでいる。
ケットシーの冒険者は、適当にその辺の草(いちおう山菜の一種らしい)を摘み、保存食の干し肉をちぎり、魔法の水袋から水を出して、スープを煮始めた。食欲をくすぐるいい匂いがして、兵士たちはフラフラと集まってきた。
なんかこういうドラえもんのひみつ道具あったな。
「さあさ、おかわり自由だしお代はいらないよ。どんどん食べて」
「ありがたいなあ……俺たち下級兵士は一日一回の飯なんだよ。正直もうこんな仕事辞めたいんだが……」
「そいつは大変なことだ。さ、どんどん食べて」
「うーん素朴な味だ。故郷のおっかさんの料理みたいだ」
というわけで、下級兵士がブラック労働だったおかげで無事にその場を切り抜け、兵士たちの相手はケットシーたちに任せてサトゥルニア卿の屋敷に急ぐ。
ドアには外から鍵がかけてあった。合鍵はない。単純に壊して開けた。
「サトゥルニアさま!」
「その声は……オータキくんか?!」
相変わらず性別不明なのに美しいサトゥルニア卿が現れた。シンプルな、寝間着にするようなローブを身につけている。
「アンデッドの村にいたんじゃないのか? どうしてここへ」
「帝都でお世話になったひとたちが苦境に立たされていると聞いて、いてもたってもいられず」
「違います。オータキは俺たちが迎えに行ったから来たんです。道中ずっと足が痛い足が痛いってうめいてました」
いらんことを言うニュートはともかく。
「さまざまな種族の冒険者たちが助けてくれたか……イオンを倒す気になったんだな」
「はい。現状、帝都の都市機能がマヒしていると聞きました」
「その通りなんだ。兵士たちのまかないを作る人員が確保できなくて、貴族の屋敷を見張っていた兵士たちは一日一回しか食事を摂れないでいる。まあそのせいで突破できたようだが」
サトゥルニア卿は窓の外をちらりと見る。兵士たちがケットシーの炊き出しに群がっていた。
「さすがに寝間着だから着替えてきて構わないか?」
「もちろんです。いままで寝ていらしたのですか?」
「やることがなにもないからね……寝すぎて頭が痛いよ」
ものの数分で、サトゥルニア卿はいつものパリッとしたスーツに着替えてきた。
「よし。それでは軍隊を動かそうじゃないか。私の兵士たちは帝都の兵士たちと違って士気も高いししっかり訓練されているよ」
サトゥルニア卿は魔鏡を取り出し、ぽちぽちと操作した。それから三秒後、サトゥルニア卿の屋敷の庭に、ものすごい数の、さまざまな種族で構成された軍隊が現れた。
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