31 気合いを入れるための呪文

 その日も明け方間際にロード(本名はドロユと言うらしい)がやってきたので、

「この世界で、異種族と親子関係になることってよくあることなんですか?」と尋ねた。


「ときどきあることだな。この世界はまだまだ貧しいから、捨て子なんてわりと当たり前にあることで、たまには親と違う種族の子供を連れて帰ることだってある」


「そうなんですか」


「親のほうは同じ種族としか結婚できないけれど、子供ができないこともある。そういう病の治療は貴族や大金持ちでないと受けられないから、子供を持ちたくても持てない夫婦が、捨て子を拾ってくるというのは当たり前のことだ」


 そうなのか。


「帝都できみと仲良くやっていた冒険者も、ケットシーに拾われたヒュームだったな」


「そうです。ご両親は食堂をやっていて」


「ケットシーは料理が得意だから、きっとその料理は美味であったろうな。しかし……それでもあの状況では客など入るまいよ」


「そんなにひどいんですか、帝都」


「うむ。ヒュームのならず者が、皇帝の使者を騙って異種族の営む店を荒らす事件が頻発している。はっきり言ってかなり治安が悪化している」

 ロードはため息をついた。


「このまま帝都の治安悪化で他の諸侯の領地に影響が出ることを懸念している」

 そうなのか。


「でもアンデッドの村は穏やかですね」


「生者のような欲がないのがアンデッドのいいところだ。風呂に入らせてもらおう」


「ごゆっくりどうぞ」


 ロードは浴場に消えていった。


 顔を上げると、ゆっくり陽が昇るところだった。――窓辺に鳥がいる。脚には手紙がくくられている。手を伸ばすと鳥はちょんちょんと跳ねてきて、手にひょいと留まった。手紙をとる。


 手紙は、サトゥルニア卿からだった。


「オータキくん、そちらはどんな様子だろうか。帝都はすっかりヒュームののさばる土地になってしまった。

 このままでは帝都からヒューム以外の人口が流出し、帝都の機能を維持できなくなり、また諸侯の領地に流入して、諸侯の領地で食糧の奪い合いが起き、この国は滅びる。私の直属の兵士を動かしても構わない。なんとか、イオンを黙らせてもらえないだろうか」


 ……そう言われても、わたしなんかでイオンを倒す役に立つのだろうか。チカチカ点滅するかボンヤリ光るかしかできないのだが。


 でも直属の兵士を動かしても構わないって書いてあるな。サトゥルニア卿のバックアップがあれば、なんとかできるかもしれない。


 居心地がいいように感じていたアンデッドの村だが、やはり居場所はここでないような気がする。


 なにより、仲間たちや常連客の心配をし続けているのだ。そんな状態でここにいても、なんにもならない。


 しかし踏ん切りがつかない。ずっとモヤモヤモヤモヤ悩んでいて、そうしていたらきょうもハーピィの子供を連れてアンデッドの女のひとが来た。


「あの」

 声をかける。


「どうしました?」


「もしこの温泉が帝都に行ってしまったら、困りますよね」


「そうですねえ……でも私たち、帝都から逃げてきたんです。この子は出る間際に拾いました。夫はあちらに仕事があるので、差別されるとしてもあちらにいなくてはいけなくて。もし帝都が、我々にとって居心地のいい場所に戻るのであれば、いくらでも戻りますよ」


「そう……ですか」


「はい。帝都はとても楽しいところでしたから。ここはこの子にきれいな服を買ってやりたくても売っていませんしね」


「わかり……ました」


「おかーたん、なんのあなし?」


「うん、お父さんに会いたいね、って話」


「おとーたん、どういてるかなあ」


「どうだろうねえ……元気だといいねえ」

 やはり、アンデッドの村は、わたしのいるべきところじゃない。


 帰ってきてからずっと、帝都のことばかり考えている。


 それは、東京から大館に帰ってきたときの、できるだけ忘れてしまおうと頑張って、そのせいで思い出してしまうのとは明らかに違う。


 少し考えればすぐ帝都のことを思い出す。帝都の楽しい思い出を思い出すのは自然なことだ。忘れてしまいたかった東京とは違う。


 帝都に戻りたい。しかしスクロールというのは使い捨てだし、そうホイホイ大規模に移動するスクロールを使うわけにもいくまい。サトゥルニア卿に連絡を取ろうかと思ったが、鳥はもう返事を持たせずに帰してしまった。


 どうすればいいのかさっぱり分からない。東京だったら大館からでも夜行バス一本で行けるのに。


 とにかくきょうも夜明けだ。寝てしまおう。難しいことを考えると疲れる。「難しいことは難しいから苦手だ」、という大河ドラマのセリフを思い出す。

 ウトウトと、なにやら幸せな夢にドボンしそうになった。


 そのときドンドンと、ドアを誰かが叩いた。もうすっかり夜が明けている。アンデッドではないだろう。誰だろうか。


「オータキ! いるか?!」


「オータキさん! いらっしゃいますか?!」


「オータキ! 返事をしろぞな!」


 ――ニュートたちだ。急いでドアに飛んでいくと、旅人の服装の三人が、真面目な顔で立っていた。


 真面目な顔をしていたのがおかしくて、ふふふと笑ってしまう。


「笑ってる場合じゃないぞオータキ。世の中がおかしくなっちまうところなんだぞ!」


「うん、それは知ってる。で、どうするの? スクロールで飛ばす?」


「バカを言うでないぞ。我々貧乏冒険者がスクロールなんぞ使えるわけないぞ」


「当然ですが徒歩移動です。大丈夫ですよ、少々足の裏にマメができる程度です」

 わたしは頷いた。


「いいのか、オータキ。あんなに嫌がってたのに」


「ここじゃ一流企業に勤めててオシャレな色に髪を染めててフィアンセと暮らしててポメラニアン飼っててもなんの価値もないからね」


「なんぞなかその呪文は」


「闇の転移者と戦う気合いを入れるための呪文だよ」

 わたしはそう笑顔で答えた。


 イオンと戦う覚悟が固まった。やらねばならないことがある。

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