27 現実的な問題
ちょうど、広場に料理を売る露店がいくつかあった。ハーピィのやきとり屋さん(共食いだ)から串にささったやきとりを買う。日本で売られているやきとりよりだいぶ大ぶりで、串も太い。
そこそこ値段はするが、まあ露店で売っているのだから仕方なかろう。噴水のへりに腰掛けてやきとりを頬張る。うまい。
この世界におけるケンタッキー・フライド・チキンみたいなものなんだろうか。ハーピィのやっているやきとり屋さんには行列ができていた。
やきとりを食べ終えて、串を広場のゴミ箱に捨てて、さてたぬき湯に戻りますか、と立ち上がると、店じまいの支度をしていたハーピィのやきとり屋さんに声をかけられた。
「あんた、たぬき湯の主人だろ?」
「ええ……あっ」
そのハーピィには見覚えがあった。ケットシーの子供を連れて、親子三人でたぬき湯にやってくるハーピィの、男親のほうだ。
「新聞にボロクソ書かれて大変だな。きょうはやってないのかい?」
「流石にお客さんが来ないもので」
「そうかあ……知っているかとは思うが、俺んとこのガキは捨て子を拾ってきたケットシーでな、ハーピィの浴場に連れていくと周りに気味悪がられて可哀想でな」
「ええ……すごく喜んでもらえたので続けたかったんですけど、噂が落ち着くまでお休みにするつもりなんです」
「そうか、あんたも大変なんだな……」
「おとうちゃーん」
向こうから子猫の鳴き声のような、かわいい声が聞こえた。振り返ると、小さいケットシーと、それを連れたハーピィの母親が、露天の撤収を手伝いに来たようだった。
「うちの子供、かわいいだろ?」
「ええ。とても」
「なんなんだろうなあ、種族ってやつは。子供がかわいいのに種族なんて関係ないのに」
ハーピィの父親は、しみじみとそう言って、子供の頭を翼の先にある指で撫でた。
間違いなく、親子であるとわかるやりとりだった。
いろいろモヤモヤしながら、南にある下町方面を目指す。昼を過ぎたあたりから、酒場の呼び込みが激しくなってきた。どうやら冒険者の仕事終わりを狙って呼び込みをしているらしい。
「かわいい女の子がお酌しますよ。いまなら一時間飲み放題で三デナリだよ」
「帝都指折りの男前たちがぶどう酒を注いでくれるよ。さあお嬢さんがた寄った寄った」
この世界、ホストクラブもあるのか……。
酒場の通りはいわゆる赤線地帯だと教えてもらったので、そちらには近寄らず、真っ直ぐたぬき湯に戻ってきた。ドアをあけて入ると、ポン太が退屈そうな顔をしていた。
「噂のせいにして仕事サボってたヌキか?」
「だって実際お湯張ったところで誰も来ないでしょ」
「まあそれもそうだヌキ。でもユカ、本当にそれでいいヌキか?」
「な、なにが?」
「この世界では様々な民族が仲良く暮らせる世の中を目指していたはずなのに、おそらくあのイオンとかいう差別主義者が皇帝にあることないこと吹き込んだ結果、こういうことになったヌキ。そのうちもっとひどいことが起こるかも分からないヌキよ」
「うんまあそうだ……でもできることなくない?」
そうなのである、できることがないのである。
転移者、それも光の転移者とはいえ、皇帝に取り入っているイオンと、せいぜい辺境に領地を持っているだけのサトゥルニア卿に気に入られているだけのわたしでは、声の大きさが違いすぎる。
そういや大学の仲間でネット小説を書いているやつが言っていた。「コンテストはツイッターで声のでかいやつか、声のでかいやつにおすすめレビューをもらったやつが勝つ」と。
なんだか悔しいが事実なのだからしょうがない。しかし状況はネット小説のコンテストみたいにのどかなものではなく(コンテストはのどかではないという意見もあるだろうが)、こちらの生活がかかっているのである。
何度目か分からないため息をつく。
とにかくイオンが純正品の差別主義者なのは分かった。そして、この世界から差別は無くしていいのだと、ニュートとその家族やハーピィとケットシーの親子、川でしか体を洗えないウーズたちが証明している。
きっとイオンは現実にいたころ、「ジェンダー差別は許さない」とか「容姿についてとやかく言うのは褒めていても失礼」とか「人種差別反対」とか言っていたに違いない。
言動から想像するに、イオンは異世界モノのライトノベルやアニメに触れたことがないのだろう。だから異種族がバケモノに見えるのだ。
まあわたしだって友達、さっき思い出したネット小説を書いてるやつに少々本を貸してもらって読んだだけだ。その友達は根暗であるというところで波長が合い、親しくしていたが、就活が始まったとたん激しく体調を崩して、本を抱えて大学を中退していった。
あいつ元気かな。元気に自宅警備員でもしているのかな……と考えて、いまはそれどころじゃないことを思い出す。
なんとかしなくてはならない。しかしどうやって? 分からない。うぬぬ。
こういうときは現実的な問題からつぶしていくべきだ。
とりあえず腐りそうなので牛乳を処分しなくては。しかしこのでっかいタル一杯の牛乳、どうすればいいんだろう。捨てるしかないのだろうか。
そうだ、と思いついて、隣の食堂を覗く。
「あれ、オータキさん。どうしたの?」
「うちの余った牛乳、腐る前に処分したいんですけど、料理に使いませんか?」
「いいね、ホワイトシチューとやらを作ってみたいと思ってたんだ」
ギンザンさんがノリノリで出てくる。ギンザンさんとアタミさんとわたしの三人がかりでタルを移動する。
「こんなにたくさんあれば寸胴鍋でホワイトシチューが作れるぞ」
ギンザンさんはとても嬉しそうな顔をしていた。
「ビールもいります?」
「ビールなんて立派な飲み物、この貧乏人の食堂で出すもんじゃないわよ」
アタミさんが笑う。でも早く処分しないと炭酸がぬけてただのほろにがアルコールになってしまうので、ビールも引き取ってもらった。
「ここ、客層はどんななんですか?」
「冒険者が八割。その中でケットシーが四割」
「やっぱり異種族の経営するお店って入りにくかったりするんですかね」
「そうだねえ……うちはニュートが仲間に広めてくれて、おかげさまでいろんな種族が来るんだけどさ、異種族の店は入りにくいのが普通だね……」
さっそくホワイトシチューを煮始めたギンザンさんをちらっと見て、アタミさんがそう答える。
「それ、とろみをつけなきゃいけないんだろ? なにでとろみをつけるんだい?」
「本当なら小麦粉でやるらしいがそんなもの手に入らんからふつうにデンプンだ」
デンプン。片栗粉ということだろうか。片栗粉でとろみのついたホワイトシチューというのはちょっと想像がつかない。
ホワイトシチューはしっかり煮込んで作るらしく、わたしはとりあえずたぬき湯に戻った。
次の現実的な問題を考える。
まずはサトゥルニア卿の援護を受けられないのが大きい。しかしこれはどうしようもない。サトゥルニア卿だって皇帝に逆らうことはできず、その皇帝はイオンに入れ知恵されている。
つまりイオンがいなければ万事問題ないのである。しかしイオンは皇帝に気に入られているので、城に乗り込んでイオンにグーパンしたら物理的にわたしの首が飛ぶ。
この世界にも首桶ってあるのかな。大河ドラマ最多出演記録の持ち主こと首桶。
ふと気になってテレビをつけてみる。なにやら画像が途切れ途切れになっている。電波状況がよくなくて映りがよくない感じだ。
「これどういうこと?」
便利なタヌキことポン太に訊ねてみるも返事はない。ガラスケースのなかで威嚇のポーズをしている。
「ちょっと、ポン太!」
「……うぅるっさいヌキ! べつにテレビなんてなくてもいいヌキ!」
それもその通りか。あちらの世界ではトラック事故なんてどうでもよくなるような戦争が始まっているから、大河ドラマなんて望むべくもなかろう。
「テレビに割いているリソースを温泉に当てればもうちょっと湯量を増やせるヌキ」
「うーん……確かにテレビ観てもニュースばっかりだろうからねえ……でも湯量を増やしたところでなんにもなんないんだよなあ」
「そうヌキねえ……一部のお客さんには必要とされていたみたいヌキけど、そうでないお客さんには異種族と一緒にお風呂に入るというのはなかなか難しいことかもしれないヌキね」
「なんで差別なんて起こったんだろう。わたしはこの世界の仕組みや歴史を知らなすぎる」
「いい気付きヌキね」
偉そうにしゃべるたぬき野郎を一瞥し、少し考えてみる。明日あたり図書館で答え合わせをしよう。
おそらく、この帝国という国は、もともとヒュームのもので、異種族は排斥されていたのだろうと思う。たぶん異種族はもともと魔物に分類されていたのではないだろうか。
それを、当代か先代か知らないが、皇帝が種族融和政策を打ち出して、帝都にもろもろの異種族が人間として住むようになった。そこまではよかったのだがイオンが現れて皇帝に差別思想を吹き込んだのだ。
イオンは異世界モノの本やゲームに触れたことがなく、そのせいで異種族はバケモノに見えたのかもしれない。
可愛く見えるケットシーにしたって、よくよく見れば眼光は鋭く爪や牙はキンキンに尖っていて、怖い印象がある。絵本の「ねこのようしょくやさん」とは違って、かわいいだけではないのである。
それならリザードマンはもっとおっかないし、ウーズはそもそも人の形をしていない。
イオンの無知さがこういうことを引き起こしたのではないか。
しばらく考えて、違うそうじゃない、現実の問題をどうにかするんだと頬を叩く。
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