24 同世代の輝いているやつはみんな敵

 イカホはすっと立ってくるっと回って、

「この服は自分で仕立てたんですよ」と笑顔だ。

 確かにこのシスターというか女神官というか、そんな感じの服はイカホによく似合っている。


「すごいね、服を自分で作るって……ソーイング・ビーじゃん」


「そーいんぐ・びー?」

 大学時代の木曜夜の楽しみといえばソーイング・ビーだった。えねっちけーEテレで放送していた、イギリスのお裁縫バトルリアリティショーである。


「あー……魔鏡みたいなやつで見られる、裁縫の腕利きが集まってだれが一番か競う番組」


「そんなのがあるんですか。『彼方』は面白いですね」


 とにかく種族ごとに得意分野があるようだ。となるとやはりヒュームは器用貧乏民族らしい。


 ニュートは実家の仕事を手伝おうと思ったことがあるそうだが、ケットシーの敏感な鼻や舌と性能が違うため、両親の料理と同じ味を作れないのだという。

 確かに猫って一回おいしいものを食べさせると覚えるもんなあ。


 そんなことを考えていると、仕事終わりの冒険者がぞくぞくとやってきた。

 お客さんたちから聞くところによると、きょうは街の地下水路で大規模なオオゴキブリ狩りが行われたらしい。そしてオオゴキブリだけでなく、毒ネズミやフタマタヘビなんかもうじゃうじゃいて、大変な戦いだったそうだ。


 イカホが服を預かって洗濯を回した。時間魔法で一瞬にしてピンシャキに乾いた。


 お客さんたちはみんなさっぱりした顔であがってきて、

「ビール飲みたいんだけど」と言ってきた。さっそくお代を頂戴してビールの注ぎ方を説明する。

 みんなうまいうまいとビールを飲んでいる。


 まさにこの世の極楽ではないか。



 しかし、夕方からぱたっとお客さんが来なくなってしまった。


 なんでだ?


 夕飯の調達のため隣の食堂に行っていたニュートが青ざめて戻ってきた。

「大変だ。新聞夕刊のイオンさまのコラムで、たぬき湯がけちょんけちょんに言われてるぞ」


 はあ。


 ニュートは新聞を広げた。「イオンのまったりな日常」とかいう、現実世界だったら有名作家が持つようなコラムが載っている。イオンは文章を書くのがそんなに得意でないというか、本より動画が好きなんだろう、というヘタクソ文章で、お気持ちを綴っていた。


「種族ごとに分けた浴場のほうが衛生的」


「異種族は病気を持っているかもしれない」


「主人のオータキという女はこの世界のルールを破っている」


 端的に言って悪口であった。


 怒りがメラメラと燃え上がるものの、イオンは皇帝のそばにいるため手出しできない。皇帝はイオンを光の転移者と信じていて、たいへん気に入っているという。


 どうしろというのか。


 反論したいが反論を新聞に書くようなネームバリューはないし、投書したところで載せてもらえるとは限らない。


 しかし専用の浴場がないウーズや、ハーピィとケットシーの親子のような人たちには、需要があるはずなのだ。


 反論してもどうせ右から入って左にぬけていくだけだろう。


 大丈夫。そう思ってお客さんがいないうちに浴場を掃除する。


 その日の夜はだれも来なかった。


 翌朝、ヤマトさん(仮)が牛乳とビールを届けにきた。ヤマトさん(仮)は、


「なんか新聞に悪口書かれてたけど、大丈夫なんです?」

 と心配そうな顔をしていた。


「大丈夫だと思いますよ」


「でも……異種族と風呂に入ると病気になるっていうじゃないですか」


「そんなに話題になってるんですか?」


「魔鏡でニュースになってましたよ」

 魔鏡を見せてもらう。アベマみたいな感じでテレビ的なものを見られるようだ。


 もう風呂のニュースは終わっていたが、一覧には確かにそれらしい見出しがあった。


 そして待てども待てども、いつもの三人がやってこない。


 なんだか嫌な予感がする。


「オータキくん! いるか?!」

 サトゥルニア卿が、似合わないほど慌てた様子で入ってきた。ヤマトさん(仮)は頭を下げて、そそくさと帰っていった。


「はい、どうされました?」


「イオンが新聞に書いた妄言が、噂になって広がっている。ニュースで取り上げられたほどだ」


「異種族と風呂に入ると病気になるってやつです?」


「そうだ。それに尾ひれがついて広まっている状況だ」


「そんな、なんでそんなこと書いたんですかイオンは」


「知らん。しかし、ヒュームのなかには異種族融和を快く思わないものがいるのも確かだ。それが皇帝のお墨付きのイオンの口から出たのだからみなそれで納得している」


「異種族の人たちはどうなんですか」


「ヒュームへの反発心が高まって、一緒に風呂になんか入るものか、という感じだな」


「昨日はハーピィの両親に連れられたケットシーの子供とか、帝都に専用の浴場がないウーズとかのお客さんで繁盛してたんですよ。そういうひとたちも来なくなると?」


「そうだな……そういう特殊な事情があればここに来るかもしれない。しかし……」


 サトゥルニア卿は口ごもる。


 どうやら事態は相当重いことになっているらしい。


「サトゥルニアさまはそれでいいんですか?」


「よくない。しかし辺境伯と皇帝の側近では声の大きさが違いすぎる」


「っていうかイオンは闇の転移者なんですよね」


「私の見立てではな」


「なんでそれが皇帝の側近で、光の転移者のわたしが糾弾されなきゃならんのですか」


「偶然と言うほかなかろうな……ちょうど先代の皇帝の命日に行われた記念式典の現場に、突如降臨したのがイオンだ。髪の色はふつうの人間種族のそれではなく、ひらひらとした美しい衣をまとっていたから、陛下も誤解されたのだろう」


 つまり端的に言ってルッキズムである。


 髪をおしゃれに染めておしゃれな服を着ていたから光の転移者で、目も髪も真っ黒で地味な服を着ているから闇の転移者ということになった。


 なんというルッキズム。イライラする、とてもイライラする。


 またしてもキラキラ種族への怒りがムクムクと持ち上がってきた。


 異世界にいるのだからもうキラキラ種族のことを考えなくていいとばかり思っていた。


 しかしまさか異世界での立場がキラキラと非キラキラで差がつくとは。


 田舎に戻ってからこっち、キラキラ種族というのを目の敵にしていて、インスタも開かなかったしツイッターも見ていない。


 インスタはともかくツイッターを見なかったのは、同世代が仕事の話をしたりスタバのなんちゃらいうカロリーの高そうな飲み物をUPしたりしているのを見たくなかったからだ。


 リアルの知り合いはフォローしていないが、同世代の輝いているやつはみんな敵だと思っていたのである。


 きっと、ツイッターは優しい世界なので、就職に失敗して田舎に帰った、とツイートすれば、慰めの言葉がいっぱい飛んできたはずだ。それでも恥ずかしかったのだ。

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