23 「外法」
「ボクの使っている、このたぬき湯を『彼方』とつないでいる力は、世界の理を捻じ曲げる『チート』だヌキ。この世界の人たちが言う『外法』というのは、スキルを覚える速さを異常に加速させたり、本来その種族には使えないスキルや魔法を覚えることヌキ」
「そんなことができるんだ」
スキルを覚える速さを加速できるというのはちょっと心惹かれる。しかし、
「その『外法』ってやつは、悪魔に人間の子供を生贄として捧げたり、目的が達成されたら地獄に行く契約を悪魔と結んだりしないとできない。まともな人間のやることじゃないんだ」
と、ニュートが説明してくれた。それは確かにノーサンキューである。
「あ、オータキ。さっきビールと牛乳が届いたぞ。所定の位置に置いておいたぞ」
「ゲロ、ありがとう。眠くない?」
「わしは半分鬼の血が入っとるぞな。鬼は夜行性ぞな」
ゲロはでっかいあくびをした。すごい牙だ。なんというか、漫画タダ読みアプリの広告にときどき出てくる魚のゲームに出演している悪役の魚みたいだ。
「さて、これから忙しくなると思うけど、なにかやっときたい用事とかない? ギルドの仕事って一日更新じゃなかったっけ?」
「あ、そうだった。そろそろ行ってきたほうがいいな」
というわけでニュートとイカホとゲロは出ていった。そうしていると、ウーズのお客さんがやってきた。
「あの、ここは種族関係なく入れるって聞いたんですけど、ウーズも入れますか?」
「入れますよ。券売機で大人ひとりっていうの買ってください」
「わかりました」
ウーズは体内から財布を取り出しチャリンチャリンと券売機に入れた。入浴券がガチャっと出てくる。それを差し出して、ウーズは女湯ののれんをくぐっていった。
そのすぐあと、ギルドで契約を更新してきたらしいいつもの三人が戻ってきた。ありがたいことである。
「サトゥルニア卿の出した依頼で、賢者系の職種を求める依頼があって」
イカホがニコニコで語る。賢者、って、そんなすごい職業の人が冒険者をやるのだろうか。
「なんでもサトゥルニア卿のご領地に、種族や身分関係なく入れる学校を建てたいから、その相談に乗ってほしいということでしたよ」
「え、や、賢者って職業なの? 賢者が冒険者やったりするの?」
「しますよ? 賢者というのは要するにふつうの社会からはみ出すくらい賢い人たちのことですからね。賢すぎて世の中に合わせられない人、たまにいるらしいんですよ」
そうなのか。なんというか世知辛い。
「――あのー」
たぬき湯の入り口に、ハーピィの男女とケットシーの子供の三人組がいた。
「ここ、種族関係なく入れるって本当ですか? わたしとこの子で一緒にお風呂に入ってもとがめられませんか?」
ハーピィの女性がそう聞いてきた。手をつないでいるケットシーの子供は、おそらくまだ自力で入浴するのは難しかろうという幼さだ。単純に言ってしまえば子猫である。
「大丈夫ですよ、だれもなにも言いません」
「よかった。よかったね」
入浴券を買って入ってくる。ハーピィの母親はケットシーの子供の手を引いて、女湯に消えていった。
「なんか小さいころの俺みたいだな」
「ああ、ニュートはケットシーに育てられたんぞなな」
「そうだ。ケットシーの浴場に連れていかれて、すげえ白い目で見られた覚えがある。オヤジもお袋も大変だったと思うよ」
「ましてあの方たちはハーピィとケットシーですからね……ハーピィはケットシーを敵とみなしているってよく聞きます」
そうなのか。異種族同士でもそういういがみ合いがあるのか。
「つまりこの浴場は差別を無くすきっかけになりうるんぞなな」
そういうものなのだろうか。
そこまで大層なものではないと思う。
そのすぐあと、ドワーフの戦士たちがぞろぞろと風呂を浴びにきた。
ヒゲがモジャモジャで、体毛もモジャモジャだ。こりゃ掃除のとき覚悟しなきゃいけないな、と思っていると、
「ドワーフの体毛は抜けないらしいですよ」とイカホに言われた。そんな、羊やプードルじゃないんだから……。
男湯からしきりに「わっはっはっは」と聞こえてくる。いかにもドワーフである。
だいぶ湯あたりしかけたウーズが出てきて、休憩所にべろんと伸びた。そのあとハーピィとケットシーの家族が出てきて、牛乳をうまいうまいと飲んでいる。
「いやあドワーフの戦士さんたち、元気がよくて楽しいねえ。どんな種族も裸になれば大して変わらないもんなんだな」と、ハーピィの父親が笑う。
それからだいぶ経って、完全に湯あたりした顔のドワーフの戦士たちがあがってきた。
「姉ちゃん、ここはビールが飲めるって本当かい」
「おひとりさま一杯まで、200レプタです」
「おー! 安いねえ! 飲もうや」
ドワーフの戦士たちはビールをあおり始め、なにやら機嫌よく歌なんぞ歌い、楽しそうな顔をしている。
「これが『ととのう』ってやつかぁ?」
「わかんねーけどビールうまいなー!」
「いやー俺たち、遠方の未開種族を平定する戦に出ててな、長旅でクッタクタに疲れてたんだよ。風呂はいいねえ」
ドワーフの戦士たちは機嫌よく出ていった。これから酒場で酒盛りをするのだそうだ。
喜んでもらえるのがとにかく嬉しかった。
現実世界にいたころは、当たり前みたいに入りに来て当たり前に帰っていくお客ばかりで、喜んでいるのかどうか分からなかった。
というか、わたし自身もそれに興味がなかった。
どうせ東京で就職できなくて田舎に帰ってきて激安賃金でやっているアルバイト。そういう意識しかなかった。
そりゃ当然モチベーションだだ下がりである。本当なら東京のオシャレなオフィスで、スタバのコーヒーをテイクアウトして飲みながら働いていたはず、と思うと、クソ田舎の温泉なんてとてもとても正気で勤めるところではなかった。
しかし異世界では、「種族関係なく入れる浴場」というだけで、忙しすぎるくらいお客さんがくる。
そして実際、さっきのハーピィとケットシーの親子のような人たちや、川で体を洗うしかなかったウーズのような人たちに受け入れられ、東京の一流企業なんか目じゃないくらい幸せに労働している。
おいしい社食がないことだけが残念なのだが、お隣のニュートの両親の食堂がある。主食の魚こそおいしくないもののほかの料理はとても繊細な味付けだ。
「もしかしてさあ」
と、ちょっとヒマになったとき、いつもの三人に訊ねてみた。
「異種族って、なにか得意分野が種族ごとにあったりするの? たとえばアンデッドは歌が上手い、みたいな」
「そうらしいけど、俺が知ってるのはケットシーが料理上手ってことくらいだなあ」
「コボルトは絵が上手いですよ。リザードマンはボードゲームが得意で、ゴブリンは細かい技術。ドワーフの戦士たちは鍛冶や工芸、エルフはファッションデザイン」
「イカホ、お前いろいろ詳しいぞな……」
「ふふ。魔法を習ったとき師範に教わったんです。試しにおなじ師範から魔法を習っていたリザードマンと裏返しゲームで勝負したんですけど、一勝もできませんでした」
裏返しゲームというのはオセロみたいな遊びのことだろうか。
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