18 ルッキズムよ滅びろ

 翌朝、またドアをノックする音で目が覚めた。

「お届けものでーす」

 また黒一色のケットシー(勝手にヤマトさんとあだ名をつけている)が牛乳とビールを運んできたようだ。


 さっそく運び入れて、だれもお客さんがこない営業前にひとっぷろ浴びることにした。


 こっちの世界にきてからびっくりするほど汚れや汗が出なくなった。


 それでも体が温まるのは心地いいし、健康になるような気がする。


 風呂でさっぱりして、きょうも気分よく営業を始めることにした。テレビをつけるとちょうどラジオ体操をやっていたので体をボキボキと動かす。


「よっ」と、ニュートが入ってきた。


「おはようニュート。いまもサトゥルニアさまはギルドに依頼を出してくれてるの?」


「うん、そのせいで皇帝陛下に目をつけられているらしいが」


「なんでまた」


「イオンさまがここを嫌ってるんだよなあ。イオンさま、ぱっと見が美人だから、皇帝陛下の鼻の下が伸びっぱなしって噂だぜ」

 まあ確かにあの人はきれいにしているとは思う。


 きっと現実世界でもすっげえ高いデパコスとかバンバン使ってたんだろうなあ。わたしがちふれやらキャンメイクやらで我慢していたというのに……。


 サトゥルニア卿が言っていたのはもうちょっと複雑なことだった。皇帝陛下とイオンは差別主義者として気が合っている、という話。


 それが、一般市民には容姿の問題として伝わっているのだろう。こっちのほうが分かりやすいからだ。


 いろいろ思い出してムカムカしてきた。


 大学の同期に、「え、大滝って秋田県民? その顔で?」と言われたこととか、小学校中学校と一緒だった男子に「大滝って地味なんだよなー」と言われたこととか。


 ルッキズムよ滅びろ。


 そして秋田美人というのは雄物川流域の秋田県民のことを言うのだ、米代川流域の秋田県民は秋田美人ではない。


 まあ東京の人からしたらどっちも田舎、で終わりなのだろうが。


「……オータキ?」


「あっ、いや、なんでもない。いい朝だね!」


「お、おう……朝飯、買ってくればいいか?」


「あ、じゃあお願いしようかな」

 ニュートはたぬき湯を出ていった。少しして、隣の食堂からおすすめ定食を買ってきた。ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「隣の食堂……ニュートの実家って、なにか屋号はあるの?」


「特にないな。屋号を名乗るような店じゃないし。どこにでもあるふつうの食堂だよ」


 そうなのか。「ねこのていしょくやさん」みたいなイメージをずっと抱いていた。

 というのも、そういう絵本が図書館にあって、表紙の猫が可愛くて借りてきて読んだからだ。あれは「ねこのラーメンやさん」と「ねこのようしょくやさん」だったか。


 やっぱりおいしくない魚をつつきながら、


「白いコメが食べたい……」とぼやく。


「オータキ、よくそれ言ってるけど白いコメってなんなんだ?」


「白いコメは白いコメだよ。穀物」


「穀物かあ。オータキがそんなに食べたがるってことはうまいんだろうなあ」


「あれは天が日本人に与えた素晴らしい食べ物だよ。梅干しでも納豆でも塩辛でもすじこでも、あるいはカレーでも、どんなおかずにも合う素晴らしい食べ物だよ」


「そうなのか。いつか俺たちも探しに行きたいなあ。まだ銀等級だからそういう規模のでかい依頼は受けられないけど……」


「そういうのの調査って冒険者がやるんだ」


「そうだ。冒険者だからな。傭兵みたいに野盗や軍隊と戦うのは冒険者の本筋でないと思ってるよ、俺は」


「そっか。ニュートは冒険がしたいわけだ」


「そりゃ冒険者だからな」


「食堂を継ごうとは思わないわけ?」


「うーん。ケットシーとヒュームだと、鼻の性能が違いすぎて、出せる料理の味が変わっちまうんだ。父ちゃんにもとりあえず継がなくていいって言われててな」

 そうなのか。


「自分に向いている仕事っていうのが大事だよね……」

 と、自分に向いている仕事を見つけられなかったわたしが言うのであった。


「オータキさん、ニュート、ごきげんよう」

 イカホが入ってきた。白い服には緑の汚れがついている。オオゴキブリと戦ってきたらしい。


「お風呂に入らせてください。オオゴキブリ、やっぱりいやな相手ですね」


「あ、服は温泉で洗濯しちゃだめだからね」


「そうなんですか。どうしよっかな」

 うーん、どうしたものだろう。


「洗濯機を使うヌキ!」

 おわ、またしゃべった。


「せんたくき?」


「ああ、貸し出してるタオルを洗うのに使ってる洗濯機が裏にあって……でもこっちの人、手ぶらで来る人がいないから使わなくていいかなと思って使ってなかったんだ」

 というわけでバックヤードに向かう。


 古い、辛うじて脱水まで出来る洗濯機である。ドラム式みたいな立派なものではない。二槽式でないだけまし、というやつだ。


「じゃあ服、洗ってもらっていいですか?」


「構わないけど」


 そう言うなり、突然イカホは白い服をするんっと脱いだ。

 イカホは下着だけになって、ニュートが目のやり場に困っている。

 ただ、イカホはわりとなんというか、カマボコの如き平坦な体系をしていた。


 エルフってもっとこう、胸がモリモリなんだとばかり思っていたのでちょっと驚く。


 イカホは特に恥ずかしがることもなく、バックヤードを出て女湯に向かった。

 ……なんというか、風呂上がりあっついと下着で出てくる高齢女性を思わせる。本人に訊くのは無礼なので訊かないが、エルフだから案外歳が行っているのかもしれない。


 さっそく洗濯機を回す。イカホの服やそのほか洗濯するものを投入し、風呂なんてせいぜい三十分がいいところだと思われるのでスピードコースのボタンを押す。


 洗濯機が回り始めた。

「なんていうか、『彼方』ってすごいんだな」


「こんなのショボいほうだよ。もっといいやつは乾かすところまでできるんだから」


「そうなのか? 用水路で洗濯板をゴシゴシしなくていいだけすごいと思うが」

 ちょうど脱水が終わって干したところで、イカホが風呂から上がってきた。

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