17 役割、でけぇ〜!!!!
「どうした? 魔鏡持ってるぞなか?」
「ううん、これはスマホって言って、まあ……あっちの世界の魔鏡だね。それでイオンの日常生活を確認して、むかついたから日常生活を見られる機能を削除したところ」
「大変ぞなな。毎日の暮らしを板切れに縛られるなんて」
ゲロの言う通りなのであった。
こちらに来てスマホに触る時間はずいぶん減った。ゲームもしないし、動画も見ない。そういうことをしているヒマもなく仕事がドンドコドンドコと押し寄せてくる。
そろそろお昼だ。ゲロがお隣の食堂からおすすめ定食を注文して持って来てくれた。
やっぱりおいしくない魚がデンと鎮座しておられる。なんとかおいしく食べるすべはないものか。
でも文句をいっても仕方がないのでモグモグパクパク食べる。
「午後からはきっと忙しいぞなよ、しっかり腹ごしらえするぞな」
ゲロは笑顔でそう言った。
ゲロの言葉通り、午後は怒涛の忙しさだった。いろんな種族が風呂に入りに来て、みんなビールを飲んでいく。牛乳を飲むやつもいる。
なんだかんだ繫盛している。忙しく働くうちに現実世界へのいら立ちなど無用なのだな……と思うようになった。そしてイオンの妄言は牛乳とビールに負けるということが分かった。
そうなのだ、イオンが新聞に書き送ったことは、時代錯誤な妄言でしかないのだ。
とにかくキビキビと働いた。現実世界にたぬき湯があったらこんなに真面目に働かなかったと思う。
そうだ、現実世界にたぬき湯があったときは、境遇のせいもあって真面目に働こうと思わなかった。家族が見つけてきたクソみたいな給料の仕事だからだ。
でもこっちの世界では、たぬき湯は革命的な存在だ。種族関係なく入れる風呂屋というのは、こちらの世界ではだれも考えなかったことなのだ。
自分の担う役割、でけぇ~!!!!
なんだか自尊心が高まるぞ。
気がついたらクタクタのまま夜になっていた。営業は九時までだ。
風呂場を掃除すると、いろいろな種族のいろいろな汚れが溜まっていた。そりゃそうだ、あれだけたくさん入りに来たんだから。
掃除を終えてぐったりしていると、ドアがノックされた。開いてますよと答えようとして、ノックしたのがサトゥルニア卿だと気付く。
「どうぞ」と開けると、サトゥルニア卿は器用に複雑な構造の靴を脱ぎ、
「調子はどうだ?」と訊ねてきた。
「牛乳とビールのおかげでクソ忙しいです。お風呂、入られますか?」
「いや。ちょっと相談したいことがあって来た」
サトゥルニア卿は小声で、
「イオン殿のことをどう思う?」
と訊ねてきた。
「なんかキラキラした人種だと思ってます」
「そうか。これは私の領地内の、魔鏡エンジニアに相談して捕まえたことなのだが、どうやらイオンは皇帝陛下をちょうどいい財布ぐらいに思っているらしい」
「ちょうどいい財布ですか」
「当代の皇帝陛下は現在、わりとヒューム中心主義寄りの思想をお持ちだ。ヒュームこそ世界の支配者……という。そこにつけいって、イオンはヒューム中心主義の広告塔となり、皇帝陛下をちょうどいい財布にしている」
「そうなんですか」
「オータキ殿、ここを経営してどう思う?」
「それぞれの民族には特技があるように感じますね。アンデッドは歌が上手いとか」
「私が使った魔鏡エンジニアというのもゴブリンなんだ。種族ごとに得意なことが必ずある。その点ヒュームは器用貧乏というやつだ。異種族を忌み嫌っては、進歩はない」
そうなのか。確かにヒューム、つまりただの人間にはなにか得意なことがあるという印象はない。
「私は領地経営をして、各種族が自分の力を発揮できる世界こそよいものだという認識だ。ここを拠点に差別のない世の中を作りたい」
そう言われても困るのだが……。
困った顔をしていると、サトゥルニア卿はにっと笑った。めちゃめちゃ歯並びがいい。
「大丈夫。難しいことはなにも言わない。みんな仲良く風呂に入れればそれでいい」
サトゥルニア卿はおだやかにそう言うと、すっと立ち上がって、
「帰らねばならん。君たちもあまり夜更かししないほうがいい」
と笑顔をみせた。
「次はぜひお風呂に入っていってください」
「うむ。それではな」
サトゥルニア卿は帰っていった。それとほぼ同時に、ゲロが隣の食堂から夕飯を買ってきてくれた。
「腹ごしらえして寝るといいぞな」
「ありがと。うへえやっぱり例の魚だ」
「オータキはルサルカが嫌いぞなか?」
「嫌いっていうか……あっち、『彼方』の魚は生で食べられるくらい新鮮だったから」
「それはしょうがないぞな。海辺の村で干物にして持ってくるから古くて当然ぞな」
とは言うが、実際のところ大館市も内陸部なわけで、やっぱり「彼方」の流通はすごかったんだなあ、と思う。
その話をゲロにしながら、おいしくない魚を突っつく。
「へえ……不思議ぞな」
「うん、わかんないことがいっぱいだ」
「皇帝陛下が召し上がられる魚みたいに、時間魔法を使うんぞなか?」
「うーん、『彼方』に魔法はないから……凍らせて持ってきてるんじゃないかな」
「凍らせる?! そんなことしたら魚の味が台無しぞな」
そうなのだろうか。要するに汁が出ちゃうってことなんだろうか。
とにかく夕飯をやっつけて、店じまいの支度をする。
なんだか、すごく疲れたぞ……。
「疲れたら飲泉すればいいヌキ!」
「うおっ」
毎度毎度唐突にしゃべるもんだからビックリすることに定評のあるポン太がしゃべった。
「飲泉って……あれなんかヤバい薬キメたみたいになるけど大丈夫?」
「戦後はだれでもヒロポン打ってたヌキ!」
「ヤバい薬じゃん!!!! 警察二四時だわ!!!!」
「まあ飲泉しても中毒性も依存性もないヌキ。単純に元気になるだけヌキ」
「飲んだらユンケルキメたみたいに寝らんなくなったりしない?」
「大丈夫ヌキ。飲めば睡眠の質が改善されるヌキ」
「そんな都合のいい……まあ飲んでみるか」
「え、温泉のお湯って飲めるぞなか?」
「うん、裏のポンプから汲みたてのやつを飲むんだけど、ゲロも飲む?」
「味に興味があるぞな。飲んでみたいぞな」
というわけで、裏に回ってポンプで汲んだお湯をコップに注ぎ、ぐびっと飲んでみる。
疲れて霞んでいた頭がしゃっきりした。
体のくたびれたところも楽になった。
「おお……疲れが消えるぞな。ビールや牛乳よりこっちを売り出したほうが儲かるんじゃないぞなか?」
「まあ……たぬき野郎がどこまで本当のこと言ってるかわかんないし、うかつに飲まないほうがいいと思うよ」
「そうぞなか? 神獣さまでないんぞなか?」
「あんなのちょっと山にいけばいくらでもいるよ」
「……『彼方』ってヤバいところぞなな」
ゲロは仕事が終わったということで帰っていった。わたしも、(いい加減寝具がほしい)と思いながら、休憩所に座布団を並べて寝た。
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