15 冒険者の仕事
「この世界の暦の仕組みっていまひとつ分からないんだけど、どうなってるの?」
「暦っていっても正確なものはまだなくて、一年がおよそ三六〇日ということしか分かっていないんです。いろいろな星読み学者さんたちが暦を作って、どれが正しいか調査中なんです」
こんなところで古代中南米の天文学の凄さを理解するとは思わなんだ。
「でも赤青月の季節はたいていの農民が畑仕事を始める季節です。春本番、って感じですね」
「それぐらい体感で分かるなら暦いらないんじゃないの?」
「農業は体感で出来ますけど税金の取り立ては『なんかあったかくなってきたなあ』じゃ出来ませんから」
なるほどそういうことか。税金を納めさせるタイミングを適正に保つために暦が必要というのはいままで考えもしなかったことだ。
帝都に戻ってきて、入口で荷物改めを受けて、中に入る。
ここも「入り鉄砲に出女」みたいなものを警戒しているのだろうか。
帝都に帰ってきて、たぬき湯でとりあえず今後の方針を決めよう、ということになった。
値段もよく分からず牛乳とビールを買い付けてきたわけだが、いったいどれくらいの値段で捌けばいいのだろう。どちらもこの世界では高級品なのではなかったか。
「高級品を安く飲めることに価値があるぞな」
頭痛を催した顔のゲロがそう言う。
「じゃあやっぱり現実世界と同じ感覚で売っていいのかな。牛乳が一杯一四〇レプタ、ビールが二〇〇レプタくらい」
「それはいくら何でも安すぎませんか。近くの酒場が潰れちゃいます」
「おひとりさま一杯までにするのはどうだ? それなら近くの酒場とも共存できるだろ」
おお、ナイスアイディア。
というわけで販売価格が決まった。明日には牛乳とビールが届くと思うとワクワクする。まるで初めてアマゾンを使ったときの気持ちだ。
現実で当たり前だったことを実際に異世界で当たり前にするというのは難しいことなのだと思う。
現実の秋田県大館市で安い労働力として過ごしていたころは、とにかくなにごともモチベーションが低くて、意識高い系の人たちに笑われるだけの人間だった。
しかしそれがどうだ、異世界にきたとたんたぬき湯を有名にしよう、稼ぎを上げようと頑張っているではないか。
大企業に勤めたり起業したりしなくても、高いモチベーションで働くことができるんだな。
当たり前のことに納得してしまう。
みんなが帰ってから、ふと牛乳とビールのことは宣伝しなきゃいけないのでは? と思い立つ。冒険者ギルドはたしか二四時間営業年中無休だったはずだ。
酔いが覚めたあとの妙にしゃっきりしたときに、「牛乳とビールが飲めるようになります」という、チラシの裏を使ったポスターを書いた。それを冒険者ギルドに持っていく。
冒険者ギルドでは受付嬢が舟を漕いでいた。
きょうはあんまり人がいない。
「もしもし」
「ふぇ?! あ、ああ、オータキさん。どうされました?」
「チラシを作ったので、貼りたいんですけど」
「わかりました。広告掲載料を」
レプタ銅貨五枚をちゃりんちゃりんと支払い、広告を壁に貼らせてもらう。
これでよし。
わたしはたぬき湯に戻り、休憩所のたたみに座布団を敷いて横になり目を閉じた。
さてその翌朝のことである。
ドアを叩く音で目が覚めて、慌ててドアにすっ飛んでいくと、真っ黒いケットシーがビールと牛乳のタルの載った大八車を引いてきていた。
「ツサクさまからお届けものでーす」
真っ黒いケットシーは器用にタルを転がしてたぬき湯に運び入れた。それから帰っていった。なるほどこれがクロネコヤマト。
荷物はタルだけではなかった。蛇口もセットだ。タルに刺して使うらしい。
タルを休憩所に並べ、この間牛乳を処分した瓶を並べる。
風呂の掃除をして、きょうも仕事の時間だ。
――ふと思ったのだが、この世界ではたいがいのモンスターに人権を認めているわけで、そうなると冒険者というものの仕事はなんなのだろう。
ライトノベルなんぞ読んでいると、冒険者の目的はゴブリン討伐だったりスライム退治だったり、もっといけば魔王軍の撃退だったりするわけだが、ゴブリンもスライムも――厳密にはウーズだから違うのだろうけど、そういうのはみんな人間として扱われている。
「やってるぞなか。手伝いにきたぞな」
ゲロが入ってきた。きょうはゲロが手伝いをしてくれるらしい。
さっきの疑問をゲロにぶつけてみる。
「冒険者はいわば傭兵ぞな。他国では戦争を手伝ったりするぞな。帝国は平和だからそういう仕事はしないぞな。そうぞな、たとえば明らかに知恵のない、コミュニケーションの取れないモンスターはそのままモンスターとして扱われてるぞな、その討伐が仕事ぞな」
「そういうのもいるんだ」
「そうぞな。オオトビムシとか、フタマタヘビとか、あるいはオオダンゴムシとか」
なんだか可愛いチョイスだな……。
「名前こそ吞気だがオオトビムシは危ないぞな、人をさらって幼体のエサにしちまうぞな。フタマタヘビは猛毒ぞな。オオダンゴムシは人間をくちゃくちゃ食べるぞな」
……ぜんぜん可愛くなかった。ピクミンの原生生物じゃん。
「とにかくモンスターに人権が認められる世の中になっても、モンスターのままのモンスターは当然いるんぞな。そういうのと戦うのが冒険者の仕事ぞな」
そういう話をしていると本日一人目のお客さんがやってきた。ウーズだ。ちゃんと券売機で入浴券を買い、わたしに渡して男湯に向かった。
「ウーズに流行るかもしれんぞな。けっけっけ」
ゲロは楽しそうに笑った。しばらくしてウーズのお客さんは風呂から上がってきて、
「ビールが飲めるって本当です?」
と訊ねてきた。
「あちらで、一人一杯まで、二〇〇レプタで飲めます」
「格安だ。たくさんは飲めないけどそのぶん安いんですね」
ウーズのお客さんは二〇〇レプタをわたしに支払うと、ガラス瓶にビールを汲み、ぐびぐびと飲んだ。
どうやって飲んでいるのかよく分からないが、おいしそうに飲んでいるのでよしとする。
機嫌よくしているらしいウーズのお客さんは、カラオケマシンに興味を持ったようだった。これこれこういうものですと説明したが、いま帝都で流行っている歌が入っていないと聞いて、それならいいや、と帰っていった。
「カラオケマシン、何らかの使い道があればいいんだけどな」
「アンデッドの領地にいたころは人気だったんでないぞか?」
「うん、アンデッドの人たち、予想外に歌が得意で、知らない歌でも歌詞と伴奏があれば歌えたんだよね」
「アンデッドはみんな歌がうまいぞな。でも見た目のせいで歌を仕事にするアンデッドはいないんぞな」
「それもおかしい話だよねえ……」
「そうだヌキ! この世界の人々はまだ自分の能力を活かすことを考えていないヌキ!」
いきなりポン太が声を上げた。
「うおっあんた生きてたの」
「剥製だから死んでるヌキ」
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