14 朝ドラ「なつぞら」
ナダユイイ帝国の帝都は内陸部にある。肥沃な農地の広がる大河に沿った平原があり、その川を少し遡ったところに城壁で囲まれた帝都が堂々と建っている、という塩梅。
交易などは川を使って行われる。というか、交易をするまでもなく豊かな土地だ。川からは主食として食べられる、例のおいしくない魚ことルサルカが、主食として海辺から干物にされ運ばれてくる程度だ。
広い帝国の至る所に巡らされた街道に沿って、たくさんのものが帝都に集まる。
その豊かさは他国の都の比でないらしい。
そんな広い平原地帯を、馬車でかっぽかっぽ進んでいった先に、「ツサク農場」という看板が出ていた。
「ここだ。もう鳥が行ってるはずだから、買い付けはすんなり行くと思うが」
と、全員でぞろぞろと農場の事務所のドアをノックする。
「はいはーい」
と、すっごい巨乳のヒュームの女性が現れた。農場のおかみさんのようだ。
「あの、サトゥルニアさまから連絡が行っていると思うのですが」
「ああ、牛乳をまとめて買い上げるって話でしょ? けっこう面白い顔ぶれで来たのね。いいわ、まず入って」
事務所に通された。椅子にかけて出てきたのはホットミルクである。
「新聞でいろいろ批判されてたのは知ってるけど、あたしはあの転移者の書いた文章、すっごくバカだと思って笑って読んでたの。差別なんて古臭いのねえ、あの転移者」
おお、同じ意見だ。
「うちの農場は労働力の確保のために、どんな種族でも雇うのがモットーなのよ。人手が足りなければ冒険者ギルドにだって依頼を出すし、いまどき種族を理由に差別するなんておかしいわ」
農場のおかみさんは笑顔で、なにやらスマホ状の板切れを取り出した。
「サトゥルニアさまの書類って決済できるやつ? それなら出してほしいんだけど」
よくわからないが、こっちの世界に持ち込んでいたリュックサックから、サトゥルニア卿の書いた書類を取り出す。その書類に板切れをかざすと、スマホ決済みたいな音がした。
「え、すごい。こんなのあるんだ」
「魔鏡決済、知らなかった?」
「ええ……もとの世界にも似たようなのはあったんですけど、まさかここでこんなふうに使えるとは……」
「魔鏡はまだ一部にしか普及してないけど、とにかく便利だからもう二、三年もすれば誰でも持ってるようになるんじゃないかしらねえ」
なんだそれ、マジでスマホじゃん。普及しないでほしい。インスタみたいな機能がついたら、この世界でもキラキラ人種を忌避する生活が始まってしまう。
「じゃあ、牛乳は毎朝タルで届けるわね。一応沸かしておいたやつがいいのよね」
「そうです。よろしくお願いいたします」
お礼を言ってホットミルクをすする。うまい。
農場のおかみさんに、醸造所の場所を教えてもらう。おかみさんの父親が道楽で経営している醸造所がすぐ近くにあって、そこにも鳥が来ていたのだとか。
サトゥルニア卿がありがたい人すぎて涙が出る。
そこには「ツサク醸造所」の看板が出ていた。いわゆるログハウスの風情である。
ドアをノックすると、草刈正雄にそっくりな老人が出てきた。イメージとしては朝ドラ「なつぞら」の感じである。美しい顔立ちに無遠慮に刻まれたしわと、誇らしげなヒゲのある顔だ。
「お前さんたちか、風呂屋でビールを売ろうちゅう変人は」
変人と言われたので、「はい、その変人です」と答えると、老人はかっかっかと笑った。
「まさに大博打の始まりじゃな」と、老人はなんだかとても楽しそうだ。
老人――どうやらこのひとがツサクさんというらしいのだが、老人もスマホ状の板切れを取り出した。さきほどのように書類を差し出すと、やっぱりスマホ決済みたいな音がした。
「いままで酒場や娼館くらいしか買い手がなかったが、風呂屋が買ってくれるというのはおもしろい。その勢いでどんどん流行らせて、毎日みんなビールを飲むようにしてほしい」
老人は草刈正雄そっくりの声でそう言うと、わたしの背中をぶっ叩いた。痛い。
というわけであっさりと買い付けが済んでしまった。さて、どうするか。
「あの」
イカホが手を挙げた。
「さきほど、牛乳のほうは試飲させて頂いたんですけど、ビールの試飲って……」
そんな、ロケで田舎を訪れておいしいものを食べさせてもらおうとする芸能人みたいな。
「構わんぞ、飲め飲め」
そういうなりツサクさんは四つのジョッキになみなみとビールを注いで持ってきた。完全にビヤガーデンの店員さんだ。
「それでは……」
イカホが遠慮なくビールをぐびぐびと煽る。白い喉が上下して、これは期待の持てるビールだ……と思いながら見る。イカホはジョッキから口をはなすと、
「ぷはーっ!」
と、ビールを飲む人の最高のリアクションをした。
わたしもビールを飲んでみる。うお、これもうほとんどプレモルとかエビスとかそういう味じゃん。家で父が飲んでいた発泡性リキュールとはわけが違う。
「ぷはーっ!」
「そ、そんなにうまいのか?! ぐびぐびぐび……ぷはーっ!」
「ぷはーっ! うまいぞこれ!」
みんなで飲むビールは、最高においしかった。同期の主催した合コンに数合わせで呼ばれて、座敷のすみっこでなるべく目立たないように飲んだビールとはぜんぜん違う。
そのあと若干ふわふわしながら商談をして、ビールもタルで定期的に届けてもらえることになった。なんとありがたいことか。
「ビールにはな、腸詰めが合うぞ。うまいぞ~」
と、草刈正雄的老人はソーセージを勧めてきた。コンガリぱりぱりのソーセージをぱりっとかじると、口の中いっぱいに肉汁が広がる。端的にいってとんでもない美味。
白いコメが食いたい……。
異世界グルメを堪能しつつも、とりあえず腸詰めは届けてもらわなくても大丈夫です、と丁重にお断りした。酒場や食堂をやる気はないしなによりお隣が食堂だ。
というわけで、農場探検はこのあたりで終了ということになった。
問題はどうやって売るか、だ。ジョッキやカップはたぬき湯に置かれていない。新しく買うほかないのか。馬車で帝都に戻りながら、そのあたりのことをみんなに相談した。
ただしゲロは酔っぱらって寝ているし、ニュートは慣れないものを二連続で飲んで腹痛を催している。イカホだけがとりあえず元気だが、機嫌のいい酔っ払いになっている。
「それは問題れすねえ! ジョッキやカップをあららしくかいそろれるのが妥当なせんらと思うのですがぁ、それだと『異種族の使った食器には触りたくない』ってお客さんがきららこありあすねえ!」
イカホは完全なる酔っ払いではあるのだが、脳みそは通常営業らしく、思いのほか真面目な答えを返してきた。
「え、異種族の使った食器に触りたくない人がいるんだ」
「まあそういうひとはたぬき湯には入りにこないでしょうけえど」
「まあそれもそうだ」
「う……きれいな瓶があったろ。あれをジョッキやカップの替わりにしたらどうだ」
きれいな瓶。ああ、牛乳を捨てたあとになにか使い道があるのではと思ってとっておいたあの瓶か。
「ちょっと待って……いったん止めて。ちょっとリバースしてくる」
ニュートはフラフラと馬車を降りると、思いっきりリバースした。まあお腹を下して野グソするよりはマシなのだが。
そうやっているうちに、次第に日が暮れてきた。平原はおだやかにオレンジ色の光に包まれて、空には大きな月が二つ、ゆっくりと登り始めた。
「もう赤青月の季節なんですねえ」
イカホが空を見上げる。
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