12 新聞

「うん、ヒューム以外はみんな動物。まあヒュームはヒュームだけでも差別をするんだけどさ……さっきのイオンの言動を見てれば分かると思うけど」


「そうなんですか……難しいですね。どうすればいろんな種族が不安感なく入浴できるか……」


「やっぱり時間で区切るしかないのかな。難しい」


 イカホと二人、うぬぬと考え込む。


「よお」


「やってるぞか」


 軽い調子でニュートとゲロが入ってきた。なんというか明るい。


「あ、ニュートとゲロ……知恵を貸してほしいんですけど」


「わしには人に貸せるような知恵はないぞ」


「俺もバカだからなあ」


「時間で入れる種族を区切るべきか否か、そこで悩んでるんだけど」


「それはやめたほうがいいぞな。この浴場の噂はギルドでも広がってるぞ、いろんな種族がいっぺんに入れる風呂だ、って。裸になればどの種族も変わらんとな」


「そうだ。区切っちまったらこの浴場の魅力が半分になる」


「そっかあ……さっきウーズのお客さんが来て、浸かってるうちにふやけちゃって、後から入ろうとしたひとがビックリする事案が」


「ウーズも風呂に入るのか……じゃあどぶ川に浸かってるのは不本意なんだな、きっと」


「どぶ川に入りたいからどぶ川にたかっとるんじゃないんぞな。本当は暖かい風呂でホンワァーってしたいんぞな」


「まあ風呂に入って不愉快になる生き物はいないからな」


 その通りなのであった。


 その日はそのあと、何人か冒険者が来た。それこそ種族はさまざまだったが、みんな気持ちよさそうに上がってきた。ヒューム、つまりふつうの人間はいなかった。


 夜もだいぶ遅くなってきた。のれんをおろしてから、お隣の食堂で夕飯を食べた。やっぱり魚がおいしくないのだが、この世界の人はみんなこれで栄養を摂っているようなので、文句を言わずに食べた。

 白いコメが心の底から恋しい。


「ところで転移者さん、技の練習はせんでいいのかい?」


 ギンザンさんがデザートを持ってきながらそんなことを言う。

 ああ、確かに技の練習をしなくてはならない。

 技を覚えねば転移者、光の転移者としてこの世界に来た意味がない。


 しかし練習の仕方が分からない。そもそも魔法なんて存在しない世界から来たわけだし、魔法じゃなくても逆上がりだとか二重とびだとかいった技を真面目に練習してもぜんぜんできなかった人間なので、うまい練習の仕方というのがよく分からない。


「練習かあ……」


「そういうのはうちの息子が得意だよ。いまじゃたくさん剣の技を覚えてるからね。教わってみるといいよ」


 アタミさんが食器を下げながら笑顔になる。フレーメン反応みたいな顔だ。


 さて、翌日。やっぱりお隣の食堂でおすすめ定食をやっつけてから、ニュートに技の練習の仕方を教わることにした。


 幸いニュートはきょう、このたぬき湯で働くサトゥルニア卿の依頼を一番乗りで受けたそうだ。


「まず、イメージを高めることだ」


「イメージ」


「そうイメージ。同じ技を使ってるやつの顔を思い浮かべて、技を発動する気持ちを高める。そうやっているうちに技がちょっとずつ出る。ちょっとずつ出るようになったら、それを繰り返す」


「いやこの手の技撃ってる人見たことない」


「だろうなあ……転移してくる前の世界って魔法がないんだっけか。それに転移者の技なんて簡単に出るもんじゃないし。そうだ、イオンさまを思い浮かべてみろよ」


 ええ……思い出すだにイラッとするんですけど……。


 でも待てよ、と思い直す。


 あのイオンという人は無駄にキラキラした、人生の楽しい部分だけを凝縮した女だ。


 あの女、あるいは東京でキラキラと働いている大学の同期を想像すれば、光の転移者の技が出るかもしれない。


 思い浮かべてみる。


『ええー白いコメ?! コメって作るとオタマジャクシめちゃめちゃ死ぬんだよ?! いまの時代はオートミールだよ!』


 うん、イオンの言いそうなことだ。


『由香ってさあ、なんで就活諦めたの? 由香頭いいんだし入れる企業いっぱいあったんじゃないの?』


 これは実際に同期に言われたことである。


 思い出していたら頭に血が上ってきた。

 たぶん漫画だったらおでこに青筋が浮いている。


 ええいキラキラ人間どもめ。お前らがエスニック料理だイタリアンだと食べている間に、わたしはクソおいしくない異世界の魚食ってんだぞ。


「おのれ~~~~!!!!」


 そう叫んだ瞬間、辺りに光が激しく瞬いた。


「おー技出たじゃねえか! いいぞいいぞ!」


 えっいまので技出たの?!


 どうやら光の転移者の最初の技、「フェアリー」を発動できたらしい。


「……あのぅ」

 入口のほうを見ると、お客さんが困った顔で立っていた。たぶんハーピィだろう。


「あっ、すみません。どうぞ」


 入浴券を受け取り、ハーピィのお客さんは男湯に吸い込まれていった。声が甲高くて羽根がピンクっぽいので女の人かと思ったが、どうやら男性らしい。


 異世界に転移して以来、そこそこお客さんが来るのだが、だいたいがヒュームではないお客さんである。どうしてだろう。そこをニュートに訊ねる。


「ヒュームはヒューム専用のでっかい風呂屋があるからなあ……ここより割高だけど。たいがいのヒュームは自分たちがいちばん優秀な種族だと思ってるから、異種族のいる風呂屋には興味がないんだよ」


「そこって温泉引いてるの?」


「いや? 川の水を沸かした風呂だ」


 それなら勝算があるかもしれない。温泉なめんなよ、である。

 温泉の風呂といってもただの単純泉だ。しかし温まり方はふつうの風呂とはわけがちがう。


「ヒューム向けに、もっと大々的に広告を打とうかと思うんだけど」


 とニュートに声をかけてみる。ニュートは、

「それはいいな。皇帝陛下じきじきに営業を認められてるわけだし。なんていうか、ここがきっかけになって、差別がなくなったらいいと思うんだよな」という。


「差別」


「おう。俺、捨て子でさ……ケットシーのオヤジとお袋に拾われてどうにか育ったわけで、でもそのせいでヒュームの学校でこっぴどくいじめられて、読み書きを覚えたころに学校を追い出されたんだ。おかしい話だよな」


 まさにおかしい話だった。なんでいじめられた側が追い出されなくてはならないのか。

 いじめた側、そしてそれを許容して差別をさせた学校がおかしい。

 確かにその差別は無くさねばならない。


「なんとかヒュームのお客さんにも来てもらわないと……」


「た、大変ぞな!」

 ゲロが飛び込んできた。新聞を持っている。


「どうしたゲロ、なに慌ててる」


「光の転移者さまが新聞に寄稿してるぞな。このたぬき湯の悪口をおもっくそ書いてるぞな」


 なんですと。新聞を広げてみると、言葉の並びグダグダの文章で、たぬき湯の悪口が書かれていた。分かりにくい文章だが分かるように抜き出すと、


『たぬき湯は常識的に考えてありえないというか、種族関係なく入れる浴場を謳った異種族のための汚い風呂屋で、普通に行くところではないし、行く人は変態』ということだった。


 いきなり「ありえない」という言葉で否定してくるあたり、まさに日本のキラキラした暮らしをしている人だなあ、と思った。


 なんの根拠もなく「行く人は変態」と切り捨てるのも、差別主義者だなあと思う。それって単純に自分がふやけたウーズに出くわしてビックリしただけじゃないの。


 なんというか、「LGBT法を施行したら女湯に変態が『心は女です』と言って入ってくる」という、よくよく考えれば明らかにおかしいことを、声高に叫んでいる人を思い出す。


 心が女性ならそれを自分に反映しようとするはずだ。ただの変態が、『心は女です』と言っても、見分けはつくのではないだろうか、というのがわたしの意見である。


 とにかくイオンの書いたことは全力ゴリゴリの異種族差別だった。

 なんとかこのイメージを脱したい。

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