11 ただの差別主義者
まあないものねだりをしてもどうにもならないので、おすすめ定食をモグモグやっつける。やっぱりこのルサルカとかいう魚おいしくない。ニシンみたいな感じなので、もしかしたらたくさん獲れるからと獲りすぎれば、北海道みたいに獲れなくなるかもしれない。
クソデカため息が出た。お客さんが来ていない隙をついて、お隣に食器を返した。
さて午後の営業、と仕事を始める前に、イカホと二人で浴場の掃除をすることにした。女湯はほとんどだれも入らなかったようだ。男湯は、ビックリするくらい汚れていた。
ケットシーの毛玉やらリザードマンの頭髪やら、お前らよくまあこんなきったない風呂に入ってたな、と思う。急いで排水口を掃除し、湯船に浮いている汚れもきれいに片付ける。
営業が終わったらぜんぶお湯を抜かなくては。
さて、風呂場の掃除が終わり、受付に向かうと、オークやリザードマンの若者三人が下足入れに夢中になっていた。
「本当に銅貨、返ってくるんだな!」
「券売機も使ってみてください」
「券売機って、直接あんたに金を渡さなくても風呂に入れるってことか?」
「そういうことです」
「やってみよ。大人ひとり……おお、ホントに券が出てきた」
入浴券をわたしに渡して、若者は男湯に吸い込まれていった。ほかの二人も同じように入浴券を買い、風呂場に吸い込まれていく。
もしかしてこれ、初めてタッチパネル式回転寿司が大館に出来たときと同じようなリアクションだったりする? と思った。
ふと気になったので、イカホに訊ねてみた。
「イカホは冒険いかなくていいの?」
「いえ? サトゥルニア卿がじきじきに、このたぬき湯を手伝う、という高額依頼をギルドに出してくださって、一番乗りできたのでやってます。ここの手伝いこそ冒険です」
サトゥルニア卿ありがとー! と、心の中で叫んでおいた。
「これからも継続して依頼をお出しになるそうですから、人手が足りないってことはないんじゃないかなって思いますよ。安心してください」
「そうなんだ……それはありがたい」
そんなことを話していると、なにやら入口がガヤガヤしている。
「うわぁなっつーい! 友達と東北に旅行行ったときこういう温泉入った!」
ぬぬ、この声はもしやあのキラキラ女ことイオンか。
「わあー百円戻るロッカーじゃん! なっつーい!」
なんとイオンが入ってきた。イオンはわたしを一瞥すると、
「なんか田舎っぽくていい風情だねー」と、褒めているのかけなしているのか分からないセリフを一言言い、券売機で大人一人の入浴券を買い、机にほいと置いて女湯に入っていった。
なんだこれ。変な感じがする。
そう思った瞬間女湯から叫び声が上がった。
「なんで?! なんでウーズがいるの?!」
ウーズってスライムみたいなやつだっけか。そんなお客入ったっけ? 慌てて行ってみると、女湯のお湯にウーズが溶けてデロデロになっていた。スライム風呂だ。
イオンは胸やら股やらを隠しながら、
「ウーズって実質モンスターでしょ?! なんでお風呂に入るの?! わけわかんない!」
とわめいている。浴槽のお湯がざばばと持ち上がり、
「申し訳ないです、光の転移者さま」と言って、ウーズが上がってきた。
「あ、あの、入浴券はお買いになりましたか?」と、ウーズにそっと訊く。
「にゅうよくけん……?」ウーズはよく分からない顔だ。
「ウーズは頭悪いからそんなこと分かんないよ!」
断定口調で言うイオンにいちいちイライラしていては商売にならない。結局イオンは、一瞬もお湯に浸からないで脱衣所に向かった。
「なにこれ最悪! 人種って黒人とか白人とかそういうことでしょ?! さすが辺境から来ただけあるわー」
「あの、イオンさん。この世界の人間ってもっと広い範囲に含めるんじゃないんですか?」
「は?! 人間は人間! 皇帝もそう言ってる!」
ではなぜ皇帝陛下は種族関係なく入れる浴場にOKを出したのだろう。なにか裏があるのではないだろうか、と考えるも、就活を諦める程度の思慮しかないわたしには分からない。
「てゆーかユカさあ、もっとお客選びなよ! こんなレトロな温泉さあ、冒険者なんか入れたらもったいないって! キャリア積むとか考えない人たちだよ?!」
「ユカはよしてください。それから職業に貴賤はないと思いますが」
「コンビニ店員と総理大臣を前にしても同じこと言える?」
「それは例えが極端すぎませんか。それにコンビニ店員だって立派な仕事じゃないですか。コンビニ店員がいなかったら困りますよね」
「……なんでもいいや。帰る」
イオンはけたたましく怒鳴っていたところから急に疲れた口調になり、服を着てたぬき湯をフラフラと出ていった。
さっきのウーズのお客さんに声をかける。
「あの、さっきはすみません。入浴券はお買いになりましたか?」
「お金を払わないとお風呂には入れないんですね。すべての種族に解放されていると聞いて誤解していました。申し訳ないです」
イオンよりよっぽどちゃんとしている。
ウーズはぬめぬめの体内から銅貨を取り出してわたしに渡してきた。イオンがいかに偏見でものを言っていたのかよく分かる。
「入りに来た理由を教えてほしいです」
「ああ……えっと。ウーズのために営業されている浴場ってなくて、帝都のウーズはみんなどぶ川で体を洗っているんです。あったかいお風呂ってどんなのかなあ、と思って」
なるほど……。
つまりそこにはやはり差別や断絶がある、ということである。
「でもウーズのための浴場がない理由がわかりました。私たちが入ると迷惑なんですね」
「迷惑なんてことはないです! ちょっとビックリしただけで。それにあの転移者が騒いだだけで、だれも迷惑だなんて思ってないですよ」
「そうなんですか? でも……」
ウーズは黙ってしまった。
「あの」
イカホが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「たしかにふやけたウーズというのはビックリします。でも時間を区切って、ウーズの入れる時間、みたいに決めれば……案外なんとかなるのでは?」
「確かにそうだけど……なんていうか、差別はしたくないんだよね」
「気持ちはとてもよく分かります。でも、ほかの種族からしたら、ふやけたウーズが浮いているお風呂というのはとてもビックリするものだと分かったわけですし」
「いや、あの転移者のイオンはただの差別主義者だから」
「そうなんですか? もといた世界でもウーズの浴場はなかったんですか?」
「そもそも人間、こっちでいうヒューム以外の種族がいないからねえ……」
素直に言うとイカホは目をぱちぱちして、
「え、じゃあエルフもケットシーもリザードマンもゴブリンもアンデッドもハーピィも、その他いろいろな種族も、いないってことですか?!」とビックリしていた。
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