2 温泉、異世界で踏ん張る

9 サトゥルニア卿

 サトゥルニア卿がわたしに会いたいとな。ちょっと意味がよく分からない。


「なんで?」と訊ねると、ニュートは口を尖らせて、

「偉い人の考えることはよくわからん。ただ、オータキが転移者だから、それで会いたいんじゃないか?」と答えた。


 転移者ってそんなにすごいのだろうか。光の転移者のくせになんの力も持ってないし、いっそ闇の転移者だと思われているフシもあるのだが。


 視界の右上をつついてみる。レベル3になっていた。スキルが一部解放されていて、「フェアリー」という技を覚えていた。妖精というより蛍を指しているのだと思う。


 技の名前をつついてみるも技は出ない。


「スキルの使い方が分からないヌキね?」


「オワッ」

 ポン太の突然の登場にゲロが悲鳴を上げた。ポン太は偉そうにふんぞり返って、

「スキルは練習するうちに出せるようになるヌキ」と言ってきた。ふんぞり返って言うことじゃないと思う。違う答えを求めて冒険者たちにも聞いてみる。


「スキルってどうやって発動するんですか?」


「神獣さまの言うように、覚えたら練習するんです。練習しているとそのうち出ます」

 イカホが答えたが、そんな、スポーツものの少年漫画みたいな。


「とにかくサトゥルニア卿がお会いになりたいらしいというのが大事ですから、スキルの練習はとりあえず後回しにしてお屋敷に向かいましょう」


 イカホが立ち上がった。ゲロも立ち上がる。わたしも若干ふらつきながら立ち上がった。


 さすがに八時間ぶん寝ただけあって大変スッキリしている。街に出ると、既に往来はいろいろな種族の「人」が行き交っており、なるほど帝都なんだなと理解する。


 というか、異世界の帝都というところは、秋田県大館市よりよっぽど栄えている。大町商店街から御成町商店街にかけてと同じくらいの規模の通りには、商店や宿屋や食堂、両替商、そういうのがずらーっと並んでいる。しかも人が盛んに出入りしている。


 東京ほどの人混みではないし、大館や秋田市ほどさびれていない。この賑わい方は仙台だ。


 途中路地を曲がると、竹のような植物の植えられた通りに出た。


 そこを、高級娼婦と思われる、花魁的な美女たちが闊歩している。なるほどお金持ちの家のある一角だ。お金持ちはこういうきれいなお姉さんとの食事を楽しんだりするのだろう。


 なんだか異世界のきれいなお姉さんに激しく負けている気がする。


 きっとこの人たち、地球人だったらインスタとかにバンバン顔UPするんだろうなぁ。


「この世界にもキラキラした人っているんですね」


「そうだぞ。下々の人間を見下している金持ちならいっぱいいる。その点サトゥルニア卿はちゃんとした人ぞな」


 そうなのか。


「ここだ」と、ニュートが大きな屋敷の前で立ち止まった。槍を持った、ちょっと豚っぽい顔の門番が二人いる。オークというやつだろうか。


「何用だ」と、二人のオークの門番は槍を交差させた。

「サトゥルニア卿からギルドに連絡があったとおり、転移者を連れてきました」


 ニュートが説明すると、オークの門番はわたしだけ通してくれた。ニュートたちはいったんたぬき湯に戻るらしい。わたし一人で無事にたぬき湯に帰る自信はないのだが、まあ仕方ない。


 ハーピィというのだろうか、ちょっと鳥っぽい侍女が中を案内してくれる。奥の部屋に通された。

「サトゥルニアさま、お客様をお連れいたしました」


「ご苦労。入りたまえ、オータキ・ユカくん」

 部屋に恐る恐る入っていくと、紫色の長い髪を背中に流して、男のような服装をした、この上なく美しい人と、東京の美容院で三万円出してやってもらうような、金髪ベースにカラーヘアの、いかにもキラキラした印象の女が茶をしばいていた。


「サトゥルニアさま、この人はあたしの名前と同じくユカが名前ですよ」


「そうなのか?」


「あ……はい。でも呼びやすければオータキでも構いません」


「ユカなんてありがちな名前だもんね~」

 なんだこのおしゃれヘア女は。大学の同期にもこういう輩がいた。美容院通いが趣味で、東京だから許される変な色に髪を染めて、お高い服を買って柔軟剤の匂いをまき散らすやつ。


 もちろんわたしもいまどきの女子だ、東京だから許される色に髪を染めたいと思った。でもブリーチしてさらに色を入れるとなると三万円出ていくと知ってやめておこうと思ったし、そもそも就活でそれどころでなかった。


 そのまんま大館に帰ってきて半端な茶髪にするよりなら黒髪のほうがローメンテナンスだということで、わたしは生まれてこのかた髪を染めたことがないのであった。


「……なに黙ってるの?」

 キラキラ金髪女は不思議そうにわたしの顔を見た。

「いえ。なんでもないです」

 なんというか、やっぱりこいつからはキラキラの波動を感じる。なんだかムカムカしてきた。


「さて、ユカくん。適当にかけてくれたまえ」


「……やっぱりオータキって呼んでくださいませんか」


「そうか? ではオータキくん、話がある」

 椅子にかける。紫色の髪の人が指をぱちりと鳴らすと、いい香りのするお茶と、おいしそうな茶菓子がぽんとテーブルに現れた。


「私が辺境伯サトゥルニアだ。現地の政治は各自治領と連絡を取りつつ、帝都から鳥と魔鏡を使って行っている。オータキくんについてはアンデッドのロードから報告を受けた」


 サトゥルニア卿は笑顔である。隣に偉そうに腰掛けて茶を飲んでいるこいつは誰なんですか、と訊きそうになって、

「こちらの方は?」と踏みとどまった。


「イオンくんだ。ヤタテ・イオンくん……皇帝陛下が擁立している転移者だ」


「はじめましてー。っていうかもうはじめましてじゃないよね?」

 馴れ馴れしいやつだな。


「どうも、はじめまして」そう言うとイオンとかいうやつは手を伸ばしてきた。爪はおしゃれなネイルをつけている。なんというか、日常生活に支障が出そうなネイルだ。


「ユカちゃんはネイルしてないんだ」


「そりゃ田舎者ですから。最寄りのネイルサロンまで片道一時間ですから」


「マジ?! やばいじゃん! えっじゃあスタバはさすがにあるよね?」


「片道二時間ですね。タリーズならあります」


「マジ?! どこにいけばそんなところあるの?」


「秋田県大館市です」


「秋田県って、山形の上のとこ?」


「上じゃなくて北ですね。そのずっと北の端っこが大館市です」


「へえ……よかったーそんな田舎に生まれなくて」

 簡単に他人の故郷をディスってくるこのイオンという女、相当やべえやつだな。

「イオンくん、ちょっと外してくれないか。オータキくんとゆっくり話がしたい」


「そうですか? あ、お茶のミルクはオーツミルクか豆乳がいいです。ヴィーガンなので」

 オシャレ民族を主張しつつ、イオンは出ていった。


「すまない」

 サトゥルニア卿は頭を下げた。


「なにがですか。悪いことなんて一つもないですよ」


「田舎の人間は故郷を田舎と言われると、本当のことでも気分が悪いものだ。私自身がそうだからな。――あのイオンという女は、光の転移者を自称しているが、私はそれを噓だと思っている」


「なぜです?」

 サトゥルニア卿はお茶を優雅な所作で一口飲むと、ふうとため息をついた。

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