8 おいしくないニシン

 ……一瞬で出てきた。焼いた魚と、スープと、サラダと、よく分からない加工食品である。食事を食べるのに使うのはナイフフォークかと思ったら箸だった。


「ルサルカ、ああその焼き魚は焼きたてがうまいよ」

 と、やっぱり猫の見た目のアタミさんが焼き魚を勧めてきたので、とりあえず焼き魚から行ってみることにした。


 皮はパリパリで、箸で切り分けるとすごい脂だ。恐る恐る口に運ぶ。


 正直なところ、やたら魚臭くて、「わあーおいしー!」とはならなかった。なんだろう、おいしくないニシンとかそんな感じの味だ。たぶん活〆みたいな技術がないから、こういう味になってしまうのだろうな、と想像する。


 スープは溶いた玉子を流してあり、ほうれん草みたいな野菜も泳いでいる。サラダはエグみ強めの野菜がいろいろ入っている。謎の加工食品は豆をすりつぶして丸めて揚げたもので、これはわりとおいしかった。


 文句はいろいろ言ったが久方ぶりの人権のある食事は最高だった。


 満腹になってホッとしていると、デザートとお茶が運ばれてきた。


 デザートはゼリーのようだ。果物が入っている。見たことのない果物だと思ったが、よくよく見たらアンデッドからもらって腐っていた果物のちゃんとしているやつだ。うまい。

 お茶も香ばしくておいしい。すっかり満腹になってしまった。


「これからお隣さんになるんだってね? よろしくね、オータキさん」

 アタミさんがそう言って頭を下げた。ギンザンさんは仕込みをしながら、

「ニュートから話は聞いてるよ。種族関係なく入れる風呂屋をやるんだろ? 俺たちもニュートがガキのころはケットシーの浴場に連れていって白い目で見られたもんだ。こういう、もらわれっ子のいる家が幸せになったら嬉しいよ」という。


 そうか、種族ごとに浴場が違うとこういうことになるのか。


「頑張ります」


「その意気その意気。お腹が空いたらいつでもおいで」


 お代を支払おうと、銅貨を取り出していると、

「いらないよーお隣さんなんだから。ニュートも世話になってるみたいだし」

 と、アタミさんにやんわり拒否された。それでは申し訳ないので、五円玉を取り出して、

「これは『彼方』のコインです。どうぞ受け取ってください。タダでは気が収まらないので」

 と言って渡す。海外留学をしていた友達が、穴の開いたコインは面白がられるので、海外でなにかを値切るときに有効だ、というのを思い出したのである。


「ちょっとあんた、『彼方』のコインだって! すごいよ、金色にキラキラしてるし穴が開いてる」


「おおーこいつぁすげえな。家宝だ」

 予想外に喜んでもらえた。


 それより眠い。夜通しカラオケ大会を主催してお腹いっぱいになったら眠くなってしまったが、これから昼夜のちゃんとした生活に戻さねばならないので、頑張って起きていることにした。


 ちゃんと眠たくなるようになっただけでも充分すごいことなんだよなあと思う。就活をしていたころは眠たくなかったけど泥のように疲れていたし、眠ると二時間で目が覚めた。

 もうあの世界とはなんの縁もないんだよなあ。

 キラキラしてた人たちとは関係ないんだよなあ。


 なんだかそれだけで嬉しいぞ。


 そして白いコメだ。白いコメを探さねばならない。白いコメをほっかほかに炊いて、すじことかイカの塩辛とか納豆をぶっかけてむしゃむしゃ食べたい。


 徹夜明けの変なテンションでたぬき湯に戻る。ニュートが待っていた。

「どしたの? なにかあった?」


「皇帝陛下から使者を通じて連絡があって、たぬき湯の営業を許可してくれるみたいだ。広告を用意したほうがいいぞ」


「広告……?」

 だめだぜんぜん頭が回らない。


 広告ってなんだっけ。広告だ。たぬき湯が種族関係なく入れる公衆浴場だという広告だ。


 ふと、「就活してたころ広告代理店目指したっけな……」と思った。目指しただけで就職できたわけではないのだが。


「おい、なんか具合が悪そうだぞ。少し休んだほうがよくないか」


「いやぁでもこのまま昼夜逆転になっちゃったら困るし……」


 そう答えたところで意識が遠のいていった。ニュートの「おい、オータキ!」という声と顔が、ぼんやりと遠ざかっていった。

 夢を見た。


 小さいころ、大きな温泉施設に連れていってもらったときの夢だ。


 そこはとても賑わっていて、たくさんの人が楽しそうに浴衣姿でそぞろ歩きしていた。

 小さなわたしはソフトクリームを買ってもらって食べた。とてもおいしい。


 なんでこんな幸せな家族が、わたしに向かって「どうして大学まで行かせたのに東京で就職しなかった」と罵ってくるのだろうか……。


 そこではっと目が覚めた。体を起こすと、白い服を着たエルフの女の子と、すごい牙と角の男と、ニュートがわたしの顔を覗き込んでいた。

「よかった、時間魔法が無事に効いたみたい」

 エルフの女の子は笑顔だ。詰襟に髪を隠す頭巾をつけている。僧侶とかそういう感じなんだろうか。


「あ、あの、わたしどうなってたんです?」


「オータキさんはたぶんただの睡眠不足です。時間魔法をかけて八時間の睡眠時間を二十分に縮めました。具合の悪いところはありませんか?」


「特にない……です。あなたがたは?」

 体を起こしながら訊ねると、二人は丁寧に名乗ってくれた。


「わたくしはイカホと申します。ニュートの仲間です」


「わしはゲロだぞ。イカホと同じくニュートの仲間だぞ」


「いわゆる『冒険者』ってやつですか?」


「まあそういうことになるぞな。ニュートはヒュームなのに異種族を嫌わねえやつだからな、俺らみたいな妙てけれんなやつも仲間にしてくれるぞな」

 ゲロがそう答えた。鬼の仲間なんだろうか、と思ったが、あまりぶしつけに種族のことを訊くのも悪かろうとその質問でないことを考える。


「わしはなんの種族だろうかーって考えとるな」


「い、いえ、その」


「構わん構わん。わしは鬼とヒュームの相の子だぞ。変な見た目だからヒュームにも鬼にも嫌われるが、それでも帝都でなら生きていけるぞな」

 そういうことなのか。よく分からないがとりあえず納得しておくことにした。


 とにかくすっきりと目が覚めた。これでバリバリ働ける。そしてコメを探すこともできる。


 広告をどこかにぶたねばならない。新聞とかってあるのかな。


 というわけで、やる気やモチベーションが、いまだかつてない勢いで湧いてきた。そりゃもう、温泉の源泉のように、やる気とモチベーションが湧いてくる。現実世界にいたころにはみじんもなかった感情だ。


 さて、と起き上がると、ニュートが真面目な顔で口を開いた。

「サトゥルニア卿が、オータキに会いたいらしい」と、小声で教えてくれた。

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