7 カラオケ大会

 その日の夕方ごろ、ニュートがやってきた。手にはスクロールと地図が握られている。


「帝都の、わりと庶民の住んでるエリアに、廃屋を壊した空き地があって……それでそこに、たぬき湯を移転できないか、ってことなんだけど」


 ニュートは地図を広げて、空き地になっている場所を指さした。


「なるほど。ポン太、できる?」


「任せるヌキ。もう帝都とつなげる準備は万端ヌキ」


「で、その前にアンデッドのみなさんにお礼がしたいわけです」


「手紙にも書いてあったけど、別に食べ物をもらえたとかじゃないだろ? 別にいいんじゃないか?」


「でも、すごく丁寧清潔に温泉を使ってもらえたわけで。ちゃんと入浴券を買って毎日入ってくれたんですから」


「そうか。もしかしたらお礼をすれば貢献度が上がるかもしれないな」


 というわけで、チラシの裏をつないで作った横断幕を掲げた。


「本日入浴無料 カラオケ大会を開催します」

 もちろんアンデッドのみなさんがそれに食いつかないわけがなかった。続々と、キャパシティオーバー寸前の人数が集まり始めた。カラオケマシンを玄関先に出す。


「なんだこの機械」


「カラオケっていって、まあ元の世界の歌しか入ってないけど、いろんな歌の伴奏を演奏してくれて、画面に歌詞が出る」


「へえ……それは面白いな」

 アンデッドのみなさんは、カラオケマシンを順番に待って、みんなで好きな歌を歌い始めた。とても楽しそうだ。


 ニュートはただただポカンとしてカラオケ大会を眺めている。


 入浴無料とカラオケ大会で、アンデッドのみなさんは大変機嫌がよさそうだった。ロードが挨拶にきて、

「転移者殿。貴殿のおかげで楽しい日々を過ごせた」

 と言い、自分で入れた「ロード」を歌い始めた。


「なんでアンデッドはぜんぜん知らない歌を歌えるんだ?」


「さあ……音楽が好きな種族なんだって」


「へえ……帝都じゃアンデッドが歌ってるところなんて見たことないな」


「帝都だとアンデッドはなにしてるの?」


「夜の間の警備員とかそういう感じだなあ……歌うアンデッド初めて見たけど、ふつうに歌姫とかになれるクオリティじゃないのこれ。見た目は厳しいけど」


「歌姫ねえ……」


 この世界にも音楽を生業とする人はいるようだが、やはり容姿がよくないとだめなようだ。


「年下の男の子」を歌うアンデッドの女の子を眺めながら、ニュートはしみじみ、


「やっぱり種族差別って愚かなんだよな」とぼやいた。

 深くは知らないが、ニュートはケットシーに育てられた、と言っていた。ケットシーというのはモンハンのアイルーみたいなやつだろうか。


 それが理由で、ニュートがいじめられたりからかわれたりすることがあったのは想像に難くない。子供というのは残酷なものだし、そういう差別を教えるのは大人だ。


 いろいろな種族が助け合って暮らす帝都というのは、差別の温床であることも考えられる。ただの人間でよかったと安心するのは簡単だが、それで済ませてはいけない。


 このたぬき湯が、差別解消の一歩になればいいのだが。


「ニュート、帝都って広いお風呂にみんなで入る文化ってある?」


「帝都にある公衆浴場は同じ種族ならみんなまとめて入ってるけど」


 欧米みたいに他人と風呂に入る文化がなかったら困るところだった。


「種族関係なく入れるお風呂って需要あるかな」

「最初は受け入れられないかもしれないなあ。でも俺たちが宣伝するからさ」


 ありがたい。そういうとニュートはきひひと笑った。


 だんだんと、空のむこうに光が見え始めた。

 アンデッドたちは、

「帝都にいっても元気でね」とか、

「いつでも戻ってきていいからね」とか、そういうことを口々に言いながら、自分の墓に戻り始めた。


 わたしはカラオケマシンを片付け、横断幕も外した。


「……さて、帝都にスクロールでたぬき湯を飛ばす作戦、始めますか」


 ニュートはスクロールを取り出した。


「もともと軍隊の移動に使うやつで、相当な貴重品なんだけど……温泉の効能を使者に話したらぜひ使え、って探してくれた。準備はいいか?」


「ポン太、大丈夫?」


「問題なしだヌキ!」


 わたしはたぬき湯の建物に入った。待ってろ白いコメ。


 ニュートがスクロールを広げるのが目に入り、次の瞬間世界がぐらりと傾いだ。


 どすんっ!

 地響きを立てて、たぬき湯はどこかに着地した。

 恐る恐る体を起こす。明かりはついていない。


「電気、オッケー。電波、オッケー。温泉、オッケー。問題なしだヌキ!」


 ちかちか、として蛍光灯が灯った。続いて受付のドアの上にあるテレビも電源が入った。あちらの世界は相変わらず第三次世界大戦になりそうな戦争をやっているらしい。


 恐る恐る窓の外を見る。朝のようだ。建物がたくさん建っていて、少なくとも墓地ではない。


「ここが……帝都」


 別のスクロールでニュートが移動してきて、笑顔でドアをあける。


「来いよ! ここが帝都だぜ!」


 恐る恐るドアを出る。おお、すごく大きい街だ。古代ローマみたいな高層建築がいっぱい建っている。


「これって上の階のほうが家賃安かったりする?」


「当然だろ、火事になったら上の階は危ないからな」


 やっぱり古代ローマの高層建築じゃないの。たぬき湯の隣の建物は、簡単な料理を出す食堂のようだ。感覚としてはラーメン屋とか町中華といったところだろうか。もう仕込みが始まっているらしく、いい匂いがする。


「お袋、オヤジ、おはよう!」

 ニュートが隣の建物に入っていく。鍵はかかっていないらしい。


「あらーニュート! 元気にしてたかい? お腹はすいてないかい?」


 中年のおばさんの声。しかしどことなく猫っぽい。


「アタミ、ニュートはもう大人だ」


 中年のおじさんの声も猫っぽい。


「だってあんた、ニュートが来てくれたんだからさあ。その人が転移者かい?」


「あ、はい。オータキと申します」


「なんだかイオンさまより庶民的だねえ」


 何者なんだイオン。そんなに高貴に見えるひとなんだろうか。


「父ちゃん、母ちゃん、オータキになにか食わしてやってくれよ。ずっとアンデッドの村にいてろくなものを食えてないんだ」


「よしわかった。はいお品書き」


 ギンザンと呼ばれた中年男性――ただしアイルーをさらに人間に近づけたような見た目――が、メニューを渡してきた。メニューを隅から隅まで見たが、「ライス」ないし「半ライス」の文字は見当たらなかった。


 まあ、ここは町中華でなく異世界の料理屋だ。とりあえず「きょうのおすすめ定食」というのを発注してみた。

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