6 貢献度
「そのスクロールっていうの、最大でどれくらいの規模のものを移動させられるんですか?」
「うーん……俺は魔法にはとんと疎いんだけど、過去の大戦では軍隊をまるごと移動させたこともあるらしい」
「それでたぬき湯もまとめてぶっ飛ばせばいいんじゃないですか?」
「ちょっと待つヌキ。『彼方』とこちらをつないでるボクのことも考えてほしいんだヌキ」
「名案だな! でも規模があるから帝都側でも土地を用意しないと大変なことになるな」
「話を聞けヌキ!!!!」
都合のいいたぬきことポン太がキレた。
「ボクはあっちの世界、つまりこの世界のひとたちが『彼方』と呼んでる世界と、この世界を接続しているヌキ。そんなに急には接続位置を変えられないヌキ!」
「急には変えられない、ってことは、変えられるのね?」
「ぐぬヌキ、バレたヌキ。ただしちょっち時間がかかるヌキよ。だいたい一週間かかるヌキ」
「じゃあどうやってあっちからこっちにぶっ飛んだとき接続したのよ。建物もろともぶっ壊れるなんて予想外だったでしょうに」
「あのときは吹っ飛ばされた瞬間に急いでつなげたヌキ。一回目だったから急ごしらえでもなんとかなって、こっちに飛ばされてからさらに確実に繋ぐことができたヌキ」
とにかくたぬき湯を帝都に飛ばすのには、いささか時間がかかるらしい。
帝都に行きたい、という気持ちがむくむくしてきた。世界最大の都、現実に例えるなら古代ローマ帝国のようなもので、すべての道が、帝都に繋がっているのだという。
とりあえずきょうの話し合いはそこまでになった。ニュートはこの話を持ち帰り、自分に仕事を依頼してきた「使者」に説明するのだという。それが皇帝に伝わって、帝都に土地を用意してもらったら、スクロールでたぬき湯を帝都に飛ばす算段である。
大歓迎なのであった。ここではまともに食べものを見つけることすらできない。
ニュートはいろいろな食べものを置いていった。干し肉や魚の干物、干し芋、干し野菜。ぜんぶ干してあるのと、白いコメがないのがひたすらに残念だった。
算段がついたら鳥で連絡するぜ、と言って、ニュートはスクロールで都に帰っていった。安心して気絶しそうだった。
お腹いっぱい食べてもとりあえずは問題なさそうなので、カレーメシに干し肉をちぎって投入した。大変おいしくて、泣きそうになった。
お腹いっぱいになって、泣きそうなのが収まってニコニコしていると、日が暮れてきた。そろそろアンデッドのお客さんがやってくるな。そう思ったら墓地から「ボコッ」と音がした。
「やあ」
ロードが現れた。なにやら心配そうにわたしを見ている。
「きょう使者が来たというのは本当か? ずいぶんと急いだようだな」
「はい、帝都に温泉もろとも来てほしいと」
ロードは困った顔をしている。
「そうか……たぬき湯がここに現れたおかげで、民たちは気持ちよく過ごしていたんだが」
「そうなんですか」
「民たちはみなたぬき湯が好きだ。たぬき湯もろとも帝都に行ったらルールを守れない輩が続々と現れて、いまここにあるようにはいかなくなるのでは?」
そうだろうな、と思う。アンデッドのみなさんはとても丁寧にたぬき湯を使ってくれていて、これがもし威張り散らすヒュームやそのほかいろいろな種族が入りに来たら、かけ湯しないで入ったり湯の中で垢を落としたり、民族間のいざこざも起こるんだろうと思う。
でも現状、ここにいたらわたしは餓死する。
餓死する前に、なんとか帝都に向かいたい。そして、わたしがお金を稼ぐ唯一の手段である、たぬき湯を手放すわけにもいかない。
それを説明する。
「そうであれば仕方がない……たぬき湯も、帝都にあれば貢献度も稼げるのだろうし」
「コーケンド?」
「説明するヌキ! レベルを上げるには、戦って勝利を重ねるか、世界への貢献度を稼ぐ必要があるヌキ!」
なるほど、戦わなくても世の中のためになればレベルが上がるのか。
「レベルってどうすれば確認できんの?」
「視界の向かって右上をつついてみるヌキ!」
そんな、RPGみたいな……と思いながら右上をつついてみる。空気をつついたのになにやら手触りがある。ぼわ、と現在のステータスが表示された。
レベルは2。もうちょっと経験値――つまり貢献度が貯まったら3になるようだ。
ステータス表示といってもまだいろいろと解禁されていないらしく、ほとんどがモヤに隠れている。レベルを上げることで各数値や使える魔法なども見られるようだ。
つまりまだ序盤も序盤、ここからが面白いところ。
中学生くらいまではRPGみたいな時間のかかるゲームをやっていたが、それからあとはときどき某スローライフゲームをするくらいだ。いまはゲーム機こそ持っているが、ポン太を毎日見ているので銭ゲバたぬきに会いに行く必要はないなと思ってやっていない。
とにかく人間のいる帝都にいく。そしてそこでたぬき湯を経営する。
そして白いコメを探す! じゃなくてたぬき湯で貢献度を上げてこの世界で生き延びる!
その噂は瞬く間にアンデッドのみなさんに広がった。みんな残念そうな顔だが、
「ヒュームは食わないと生きていけないからねえ」と物分かりよく理解してくれている。
アンデッドのみなさんは、だいたいみんないい人たちなので、別れるのは寂しい。食べられないものが大半だったが、心配して食べものをくれたりもした。風呂だってきれいに使ってくれた。
アンデッドのみなさんになにかお礼をしないと、帝都には行けないなあ。
ある朝起きてくると窓辺にきれいな小鳥が留まっていた。足首に手紙が括り付けてある。開いてみると、タイプライターで打たれた、やや事務的な手紙だった。
「帝都で土地を確保した。現在大規模移動スクロールを捜索中」とある。
そうか、大規模に移動するスクロールって探さなきゃ見つからないのか。まあ仕方があるまい。土地を確保してもらえたのはありがたいことだし。
裏の白いチラシを取り出し返事を書く。
「帝都に移動する前にアンデッドのみなさんにお礼がしたいです」と。それを小鳥にくくって放すと、小鳥は自分の仕事をよくわかっているようで、真っ直ぐどこかに飛んで行った。
アンデッドのみなさんにどうお礼をしたものだろう。
そう考えていてふと、「自販機のなかの牛乳とビール、賞味期限大丈夫か?」ということに気付いた。異世界に飛ばされた衝撃ですっかり失念していた。
恐る恐る、自販機を開けてみる。牛乳とビールは、缶や瓶に入っているので腐ってはいなかったが、飲んじゃいけない感じではないだろうか……という感じに賞味期限が切れていた。
瓶は使い道がありそうなので、とりあえず中身だけ捨てる。アルミ缶は潰す。
クソでかため息が出る。この世界にも牛乳とかビールってあるのかな。そもそも牛の乳を飲む文化ってあるんだろうか?
その日もロードがお供を連れて温泉にやってきた。そのあたりのことを訊ねてみる。
「牛の……乳。東方の異国では牛の乳を飲むと聞いたことがある。その文化はナダユイイ帝国にも入っているそうだが、牛の乳の脂を体に塗るほうがよくある使い道だ」
わーお古代ローマ。もう一つ聞いてみる。
「麦のお酒はどうですか?」
「ああ、それなら帝都でよく飲まれているよ。飲むと食欲が湧いて元気になると、ものを食べられる種族はよく言っている」
そうか、アンデッドのみなさんはものを食べない種族だから、自販機のものが売れなかったのだ。
「あの。つかぬことをお尋ねしますが、アンデッドのみなさんの嬉しいことってなんですか?」
「嬉しいこと。……ううむ。アンデッドというのはあまり感情が表に出てこない種族だから」
そういうものなのか。
「そうだな。アンデッドは音楽が好きな種族だから、歌ったり楽器を鳴らしたりするのは嬉しいことだと思うのだが」
なるほど。それならなんとかしようがある。
その日の明け方、営業が終了したころ、また小鳥が来た。
「あす、使者が単独移動スクロールでそちらに向かう」とある。おそらく結構前に送られたのではないか、という鳥のくたびれ方。もうまもなくニュートがやってくる。
ボヤボヤしてるとアンデッドのみなさんにお礼をする前にニュートがきてしまう。そこで、ニュートも巻き込んで、アンデッドのみなさんにお礼をするぞ、と決めた。
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