5 謎のオノマトペ

 帝都。


 東京みでった、ばかでっけえ建物がいっぱいあるんだべか。


 田舎者根性まる出しでそんなことを考える。東京みたいなところなら、どちらかと言うと行きたくない。


 東京は、田舎者が暮らすのには向いていないのだ。


 毎日満員電車にもみくちゃにされるのはごめんである。


 でも聞いてみないことには始まらない。アンデッドの領地にいたらいずれ飢え死にする。


「あの。帝都ってどんなところですか?」


「でっかい都だよ。城壁で囲まれて、皇帝陛下の居城や、皇室御用達の寺院や、国政府や、大きな市場があって、いろんな種族がちゃんぽんで暮らしてる」


「満員電車とかそういうのはないんですよね?」


「マンイン……デンシャ……?」

 よっしゃ、ない。満員電車はない。でももう一度聞く。


「鉄道とかそういうのです」


「あー、鉄道。駅馬車なら大陸の各地から集まるよ」


「都のなかに張り巡らされてたりとかは」


「さすがにそこまでじゃないけど……駅馬車に恨みでもあるのか?」


「まあちょっといろいろありまして」

 かの名作漫画「動物のお医者さん」の菱沼さんほどではないが、わたしは東京の混雑した列車が苦手だった。地元で電車に乗って混雑していたことなど一度もないからだ。


 目的地の駅で降りられなくて、面接に行けなかったことがいっぺんある。それ以来列車はすっかりトラウマになってしまった。


 帝都にはとりあえず満員電車に相当する不毛な移動手段はないことが分かり、ずいぶんと前のめりの気持ちになってきた。


 喜んでいるうちに、嬉しくなって軽く過呼吸を起こしてしまった。ニュートが心配そうにわたしを見ている。


「だいじょうぶ、です。すぐおさまり、ます」

 浴場の清掃に使うビニール袋を口に当てる。本当にすぐ収まった。


「本当に、大丈夫か……?」


「うん、大丈夫ですよ。それより、温泉! 温泉入ってみたらどうですか?」


「いいのか? アンデッド専用じゃないのか?」


「人間よりよっぽどきれいに使ってますよ。お湯は取り替えてるので問題ないです」


「そういうことじゃないんだがまあいいや。タオルって貸してもらえるのか?」


 この世界にもタオルってあるのか、としみじみと思う。


「あります。はい」

 貸出用のタオルとバスタオルを渡す。ニュートは男湯に入っていった。


 たぶんいまごろ、漫画だったら「カポーン……」という謎のオノマトペが書き込まれているのであろう。


 しばらく、本当にだいぶしばらくして、完全に湯あたり一歩手前のニュートが上がってきた。


「いやあ……温泉っていいな……アンデッドだけじゃなくヒュームもあったまるんだな……文字通り骨の髄まであったまった……」


「この温泉、『たぬき湯』は、全種族対応だヌキ!」


「うおっなんかしゃべった!」

 唐突に出てくる都合のいいたぬきに、ニュートは分かりやすくびっくりした。


「ボクはポン太! この温泉をチートで『彼方』とつないでいる、この温泉の守護者だヌキ」


「ち、チート?! やっぱり闇の転移者だったのか?」


「違うヌキ! オータキは光の転移者だヌキ!」


「でもイオンさまっていう光の転移者がいるからなあ……髪の色もイオンさまは金髪でオータキは黒髪だし」

 髪の色で属性を決められても……。


 東京にいたころは就活でクソ忙しくて髪を染めて遊ぶ余裕はなかったし、クソ田舎に帰ってからはただの茶髪くらいにしかしてもらえないので、お金ももったいないし黒髪にしているのだが、まさかそれで闇属性認定されるとは思わなかった。


 というかイオンとやらは「さま」付けなのにわたしはなぜ呼び捨てなのか。納得できない。


「とにかく帝都に来てほしいんだけど、この温泉をアンデッドの領地に置いていくのはもったいない気もするんだよなあ……帝都にあったらアンデッドの領地にあるよりぜったい流行ると思うんだけど」


「でもアンデッドのひとたち、すごく楽しそうにお風呂に入ってましたよ。置いていくなら運営するって言ってました」


「でもこれが帝都にあったらぼろ儲けできると思うんだよ。みんな風呂に入りたいのに、公衆浴場は種族ごとに分かれてていつも混雑してるし、シャワーは水しか出ないとこが大半だし」


「種族って、エルフとかドワーフとかそういう?」


「うん……それだけじゃなくてアンデッドとかゴブリンとかコボルトとかハーピィとかケットシーとか、モンスターも種族としてカウントする仕組みに最近なったんだけど、結局民族間のいざこざは解決してないし、ヒュームが威張り散らしてるのも変わらない」


「ニュートさんはヒュームですよね」


「さん、はいらないよ。ヒュームではあるけど捨て子でな、育ててくれたのはケットシーだ。だからヒュームが威張り散らしてるのを見るとイライラするんだ」


 いろんな人がいる。これが多様性というやつか。ちょっと感動すらした。


 クソ田舎ではスポーツの日本代表にカタカナの名前の選手や黄色人種でない選手がいると、父が決まって「どこ人だよ」とやじっていた。まさにクソ田舎。

 ますます帝都に行ってみたくなった。その前に質問をもう一つ。


「どうやってここまで来たんですか?」


「スクロールって知ってるか?」

 巻物を開くと魔法が発動するアレだ! アニメで履修したやつだ!


「まあそれで合ってる。『あにめ』がなんなのかはわからないが……それを使って、都から一瞬でアンデッドの領地に移動したんだよ」


 なるほど。そんな方法があったのか。

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