4 帝都にこないか

 ロード、というのはすごく強いアンデッドだと思えばいいのだろうか。ゲートというのはいわばワープ装置だろうか。なるほど、そういう手があったのか。


「どうすればロードさまに会えるかな」


「ロードさまも、温泉に入りたいって言ってたよ」


 じゃあ向こうから来るということか。それまでなんとか、生き延びねば。


 アンデッドの子供は入浴券を置いて男湯に向かった。恐る恐るブドウを食べてみると、久方ぶりの酸っぱい味がした。はあ美味……。


 その日の深夜二時、うつらうつらしているところに、なにやらものすごい鎧を着たアンデッドと、そのお付きの者らしいアンデッドがぞろぞろとやってきた。


「ここが温泉か」

 威厳のある声。あわてて起きる。


「はい、温泉にございます。あなたさまがロードさまですか?」


「いかにもそうだ。わしもひとっ風呂浴びようと思うてな。貴殿は転移者だな?」


「はい、そうです」


「議会に報告したところ、帝都から使者が来ることが決まった。それまでの辛抱だ」


「あ、あの、ゲートとかいうので食品の買い出しに行くことはできないんでしょうか?」


「ゲートか。あれは生きておるものは通れぬのだ。えーと。男湯でいいのだな」

 ロードは男湯に消えていく。ちきしょうぬか喜びじゃん。


 クソデカため息が出る。


 カップヌードルをやけ食いする(といっても一食分だが)することにして、電気ケトルでお湯を沸かす。ああ、白いコメが食べたい。


 ホカホカの炊き立てご飯に、すじことかたらことか、イカの塩辛とか、あるいはふりかけとか、そういうのをドサッと乗っけて、ハフハフガツガツと食したい。


 ああ、白いコメが食べたい。

 都にいけば白いコメが食べられるのかな。

 しかし都からの使者っていつ来るんだろう。生きてるうちに来るのかな。


「とりあえず飲泉しとけば死なないヌキ」


「だから心を読むのは……いや。もういい。なんで飲泉すると死なないの」


「それもボクのチートだヌキ」


「ずいぶん都合のいいたぬきなんだねあんたって」

 都合のいいたぬきことポン太は照れている。別に褒めていない、むしろけなしている。


 はあ、白いコメ。


 そんなことを考えているとロードが風呂から上がってきた。


「素晴らしい温泉だった」と、ロードは言った。心底嬉しそうだった。


「でも都から使いの人がきたら、わたし行かなきゃいけないんですよね」


「そういうことになる。扱い方さえ教えてもらえれば、たぬき湯をアンデッドの民で運営するが」


「そうしたいのはやまやまなんですけど……」


「貴殿は仕事に誇りがあるのだな」


「違います」

 食い気味にそう答えてしまった。ロードはびっくりしている。最近アンデッドの表情が分かるようになってしまった。


「なぜだ? なぜ誇りのない仕事など全うしようとする?」


「そりゃあ……それしか出来ることがないからですよ。大学を出たあと就職する先が見つからなくて、心がポッキリ折れて田舎に帰ってきて、祖父に仕事はないかと聞いたら親戚のやってるここしかなくて」


「え、き、貴殿は大学を出ておるのか?! 大学を出たというのに働く場所がないのか?!」


「いや、大したことのないところですよ? なんの箔もつかないようなところです。企業の採用担当の間ではブラックリストに入ってるって噂でした」


「大学を出て箔がつかないとは、元の世界はよほど不条理であったのだな」


 ロードはしみじみと頷く。反応から察するに、どうやらこの世界では大学を出ればいくらでも就職できるのだと思われた。羨ましい話である。


「ときに。配下のものから聞いたのだが、カラオケマシンというのがあるそうだな」


「あー、奥の休憩室でできますよ。ごゆっくりどうぞ」

 そう言って休憩室を手で示すと、ロードは虎舞竜の「ロード」を歌い始めた。

 夜明けの少し前に、ロードはお付きの者を従えて帰っていった。帰り際に、「釣銭はいらぬ」と言って、金貨を置いていった。


 お腹が空いた。また白いコメのことを考えそうになったので飲泉し、浴槽や浴場を洗う。


 やっぱりアンデッドのひとたちの入浴態度は大変真面目である。垢が出ないからかお湯はきれいだし、シャンプーもしないので抜け毛も落ちていない。

 はあ……きょうも夜が明ける。


 夜が明けて、アンデッドたちはみな自分の墓に戻っていった。わたしは休憩室に座布団をひいて横たわる。かける毛布がないのがつらい。とにかく目を閉じる。

 そうだこれは悪い夢だ。さっさと寝てしまうに限る。


 そのとき、どんどんどんどん、とドアを乱暴に叩く音がした。


 アンデッドならもう墓の中なんじゃないのか。あくび一発立ち上がって、ドアのほうに向かう。


「おーい。転移者、いるかー? もう死んでるかー?」

 人間の声だ。アンデッドの声とは声の出ているところが違う。


 もしや都からの使者というやつか。ドアを開けると、使者というにはいささか雑な印象の、革鎧に緑色の服を着た若者が立っていた。


 腰には剣をぶら下げていて、足元は分厚い革の、安全靴みたいな靴を履いている。顔を上げて観察すると、うん、そこそこハンサムな茶髪に緑の目をした若い男の子だ。わたしと歳はあまり変わらないように見える。


「あ、はい、わたしが転移者ですけど」


「そうか。俺はニュートだ。都の使者のそのまた使者」


 要するに下働きのアルバイトということだろうか。なかなかつらそうな立場である。


「あ、あのっ。なにか食べものありませんか?」


「ああ、アンデッドの領地に転移して食べものがなくて困ってたんだな。ほら、干し肉だ」


 このあいだのコウモリの肉よりはまともな感じのジャーキーが出てきた。ありがたく頂く。口の中いっぱいにジューシーな肉の味が広がる。


 涙が出た。干し肉でこの調子だと白いコメと再会したときが思いやられる。


「おいおい干し肉にそんなリアクションすんなよ」


「おいひい……」

 カレーメシの謎肉では味わえない、充実した肉の風味。なめらかな脂。噛むほどにほぐれ味わい深い干し肉をしばらく食べて、どうにか空腹が収まった。


「お前はなんて名前なんだ?」


「大滝由香です」


「オータキか。かっこいい名前だな」

 あれ、もしかしてこの世界の名前、姓が後に来るスタイル?


 そう思ったが訂正するのも面倒なのでそのままオータキと名乗ることにした。


「しかし家名のある名前か……イオンさまもそうだったがやっぱり『彼方』の人はみんな貴人なんだな」


「貴人じゃなくても姓、家名は名乗るのがあちらでは普通ですよ」

 イオンさまってだれなんだろう。全国展開の巨大スーパーチェーンの関係者だろうか。


「へえー……オータキ、単刀直入に言うが……都、帝都に来ないか?」

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