3 カラオケマシン
「これはなんですか?」
「カラオケマシンっていって……歌いたい歌の番号を入力すると、伴奏が流れる機械です」
そう、きょうびなかなか見ることのない番号式のカラオケマシンだ。
「へえー面白いですね! やってみよう!」
アンデッドたちは本をひらいて、「津軽海峡冬景色」の番号を入力した。いや分かるの? 異世界のアンデッド、「津軽海峡冬景色」わかるの?
伴奏が流れ出し、スクリーンに作曲者や作詞者の名前と、海が映し出される。
アンデッドたちは「すごい!」と言い、知らない歌だと思われるのに意外とうまいことメロディに乗って歌い始めた。そこではた、と気付く。
文字が異世界の文字である時点で気付くべきだったが、いまわたしがしゃべっているのは日本語ではない。
というかどこの国の言葉でもない。なんだこれ、すごく気持ち悪い。
これが異世界。これが……異世界。
アンデッドたちはわたしの気持ちなど知らず愉快そうに歌っている。今度は「UFO」を入れた。楽しそうだ。
その歌に耳を澄ます。「UFO」の歌詞の、「地球」のところがなんと訳されているか、音を拾ってみようとしたのだ。
しかし、日本語じゃないのに、「地球」としか聞こえなかった。
脳みそが激しくバグっている感じがする。
アンデッドたちは楽しく歌ってご機嫌になって帰っていった。
しかしわたしはご機嫌どころの騒ぎじゃない。なんだ、なんだこの言語。
いちおう大学では英文学を専攻していた。文学作品だけでなく、ふつうのおしゃべりくらいなら英語が話せた。過去形なのは秋田県大館市では英語なんてまず使わないからだ。
そのわたしが、なんで異世界の言語に絶大な違和感を覚えているのか。
こういう言語なんだなとすんなり受け入れるのが上策なんだとは思う。
でもこの言語は明らかにおかしい。日本語にしか感じないからだ。少なくとも外国語を話している感じではない。
「どういうことよポン太」
「これもボクのチートだヌキ!」
「チートなしだとどうなるの?」
「地球のどこにもない言語を聞かされて分かるヌキか?」
「いやわかんないけど……どうなるかだけ教えて」
「まずこの世界の言語は視覚や聴覚からだけ入るもんじゃないんだヌキよ」
「はあ」
「もっと感覚の深いところから出る言語ヌキ。オーラとかそういう」
「もっと科学的に説明して。年末のビートたけしのオカルト特番じゃないんだから」
「異世界だもの科学もクソもないヌキ」
その通りなのであった。
そう、ここは異世界なのである。科学もクソもない異世界なのである。だって現実世界で墓からゾンビがボコボコと出てくるわけがないのだ、ゾンビが出てくるということはつまり異世界なのである。
でもちょっと待てよ。科学もクソもないということは、高校の物理が死んでいたわたしでもなんとかなるということだろうか。なにがなんとかなるのかわからんのだが。
「それよりむしろ予想外の事態に備えるべきだヌキね」
「だから心を読むなっつうの」
カラオケマシンの話を聞き、後からやってきて盛り上がるアンデッドのみなさんを無視して、たぬきと人間の漫才が繰り広げられている。サルと人間の漫才というのはテレビで見たことがあるのだが……。
アンデッドのみなさんは楽しそうに盛り上がったあと、ぞろぞろと出ていった。ふと壁をみると、でかでかと貼ってある秋田犬のカレンダーの、日付や曜日の部分が民族大移動して、見たことのない暦になっていた。
今気づいたのできょうが何日なのかはよく分からない。青月の八月とある。この世界には月が二つあったりするのだろうか。潮の満ち干の計算が面倒になりそうである。
風呂から上がってきたアンデッドに、
「あの、きょうの日付ってわかります?」と質問してみた。
「きょうは青月の八月の九日だよ」
なるほど。カレンダーを見る限りでは日曜日に相当する日のようだ。だからカラオケ大会をしていたのだろう。
食糧は持って十日。どうにか餓死するまえに人間のいるところを探さなくてはいけない。しかし外は心がポッキリいくほどの無限墓地だ、昔ツイッターのフォロワーだった若い男の子がnoteの記事で書いていた、カードゲームのデッキ破壊デッキの効果の如し。
カードゲームはさっぱりわからんのだが、その若い男の子は妙に文章力があって、意味不明のカードゲームの話でも大笑いしながら読んでしまったのであった。
「外の墓地ってどれくらいの広さなんですか?」
「んー……サトゥルニア卿の領地だとアンデッドの自治領がいちばん広いって聞いたけど、具体的な広さは分からないなあ」
分からんのかーい。
どうやらここはサトゥルニア卿というひとの領地にある、アンデッドの自治領らしい。
辺境伯というのがそのサトゥルニア卿なのだろうか。なんだか怖い名前だ。「子を食らうサトゥルヌス」を思い出してしまう。
ひもじい腹をかかえながら、休憩室を軽く掃除する。ゴミはまとめてゴミ箱に捨ててあるし、とてもきれいに使っている。アンデッド、そのへんのジジババよりずっとマシなのでは。
アンデッドたちはすごい勢いでたぬき湯にやってくる。券売機に入浴券を戻す作業だけで手間だ。そして歪んだり欠けたりしているレプタ銅貨がどんどん溜まっていく。
明け方までせっせと働いた。絶望的に腹が減っているしくたびれている。
「お湯を替えるヌキ」
「やだ。ポン太お前がやれ」
「ボクは剝製だヌキ。死者に鞭打つヌキか。飲泉しろヌキ」
「あの、飲泉って本当に大丈夫なの? あとで中毒になったりしない?」
「大丈夫ヌキ。そのあたりもボクのチートでなんとかしてるヌキ」
「チートが使えるなら白いコメを出せッ」
「チートの使い道を間違ってるヌキ。だいいちここには炊飯器がないヌキ」
その通りなのであった。
異世界に転移して三日目。完全なる昼夜逆転生活にも慣れてきた。さすがわたし。就活中、毎晩深夜までさわやか笑顔の練習をしていただけのことはある。
疲れたら飲泉して、極力食べものを消費しないよう頑張っているが、飲泉しても空きっ腹が収まるわけではない。どんどん体力が削れていくのが分かる。
そういう理由で、いまだに墓地の向こうを目指す気力は湧いてこない。
ここで死んだらアンデッドになれるのかな。そうなったら楽そうだな。
「死ぬなヌキ。由香には目的があるヌキ」
「だから心を読むのはやめなさいっつってんでしょ。目的ってなによ」
「闇の転移者と戦うことヌキ。由香は光の転移者ヌキ、人類を光で導くのが目的ヌキ」
「でもここ墓地じゃん! お客さんだってアンデッドしかいないじゃん! 人類とかアホらしい話すんじゃねーわ!!!!」
ポン太に怒りをぶつけていると、子供のアンデッドがやってきた。アンデッド同士の間に生まれたのか、はたまた死んだ子供がアンデッドになったのか、そこはちょっと分からない。
「おねーちゃん、これあげる」
子供のアンデッドは受付の机になにかを置いた。果物だ。ブドウかなにかに見える。腐ってはいない。
「どうしたのこれ」
「森に行ってとってきた!」
「え、この近くに森があるの?」
「ううん、ロードさまのお供をして、ゲートを通ってサトゥルニアさまの会議に行ってきたんだけど、僕たちお供は会議のあいだ近くの森で遊んでたんだ」
子供のアンデッドは誇らしげに胸を張った。
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