2 白い飯が食べたい

 さて、アンデッドのお客さんたちはどうやら「朝シャン」的な感じにたぬき湯に入りに来たらしく、みなばらばらとそれぞれの仕事に向かった。


 アンデッドにも仕事があるのか、とびっくりする。夜の間、辺境伯の城の警備をしたり、夜行性の知性がないタイプのモンスターと戦ったりするのだという。


 なんというか子供のころ親戚のお兄ちゃんが遊んでいた「勇者のくせになまいきだ」を思い出す。触らせてもらったがぜんぜんうまくできなかった。


 とりあえず浴槽を掃除しなくてはならないのではないか、と浴場に向かうと、思ったより綺麗に使ってくれていた。というか現実世界の人間よりよっぽど綺麗に使っている。


 とりあえず寝よう。お腹が空いたけど食料はカレーメシが四つとカップヌードルが三つ、それからたけや製パンのバナナボートが三つしかない。大事に食べねば。


 しかしそれだっていずれ尽きる。わたしはアンデッドでないので、食べねば死んでしまう。


 どうにかして食料を得るしかない。

 しかし窓の外は一面の墓地だ、ここに食料はあるのだろうか。ないとしか思えない。


 少なくとも人間が食べるものはなんにもないのが確実だろう。

 空きっ腹をかかえて、とりあえず休憩室のベンチに横たわる。


 ぐううー、と腹が鳴っている。カレーメシは素晴らしい発明だが、分量がやっぱり足りない。

 ああ、白い飯が食べたい。


 すじこを、あっつあつの白い飯にデンと乗っけて、モグモグガツガツ食べたい。


 めかぶでもいい。イカの塩辛でも、納豆でもいい。

 アンデッドたちは「そのうち帝都に招かれる」と言っていた。帝都とやらには白い飯があるのだろうか。


 それを夢見て眠る。起きたら夜明けの少し前だった。

 単純にお腹が空いて目が覚めただけだったが、就職活動をしていたころの、寝てもすぐ目を覚ましてしまう状態を思い出して顔がグンニャリする。


 就職活動は地獄だったなあ、その地獄から生還できなかったわけだけど……と思いながら、受付の支度をする。案の定、仕事終わりのアンデッドたちが風呂に入りにきた。


 就職活動で心がポッキリ折れて田舎に帰る……ということ自体はきっと珍しくもなんともないことなのだろう。そういうふうに心を励ましてきた。

 それでも周りと比べて自分が劣っていると思って、あれだけ楽しかったインスタもツイッターもいまでは触っていない。もちろんフェイスブックもやっていない。


 周りと自分を比較して、「ゆっこの社食おいしそうだなあ……」とか、「康介が結婚かあ……」とか、そういうことを思うのが嫌だったのだ。ツイッターだって、上司の愚痴を延々ツイートする社会人を見るたびに、じゃあわたしはなんなんだと思って凹むからやめたのだ。


 誰かに比較されることに怯えているのだ、わたしは。

 異世界に来たわけだからそういうことから解放されたはずなのだが、まだ怖くて仕方がない。


 ああ、白い飯が食べたい。大学生活前半戦、実家から送られてくる激ウマの米を友達に振る舞って、「うま!」と言われるのが大好きだった。というかいい思い出がそれしかない。

 さっぱりしたアンデッドたちが帰っていくのを見ながら、テレビをつけてみる。トラック事故の話をまだやっている。


 そうこうしているうちに、夜が明けてしまった。

 なんだかすっごくくたびれたぞ。


「飲泉するといいヌキ」


「やだ、前に飲泉してお腹壊した」


「いいから飲泉しろヌキ」

 強いなお前。しょうがなく裏のポンプからお湯を汲む。

 一口飲んだら一気に目がさえた。もう一口飲んだら一気に疲れが吹っ飛んだ。さらに一口飲んだらやる気が湧いてきた。エナドリか。アメッコ市か。


 浴場を掃除して、とにかくお腹がペコペコなので生もののバナナボートから食べる。

 このバナナボートというスポンジケーキにクリームとバナナの挟まったシンプルなお菓子は秋田県内ならたいていのスーパーで手に入るのではなかろうか。秋田県民真の熱愛グルメである。ときどき県内の高校とコラボした面白い味のやつも出る。

 いつも通りの田舎甘いバナナボートを食べ終えて、さて、と行動を始める。券売機に入浴券を戻さねばならない。

 アンデッドのみなさんは思っていたよりたくさん入りに来てくれたようだった。

 入浴券――プラスチックの板切れに、「大人」とか「子供」とか書いてあるやつ――を、券売機に戻し、券売機に入っていたこの世界のコインを確認する。

 現実世界のコインと違って、かなり歪んでいたりすり減っていたりする。券売機に入っていたのは銅貨のようだ。おそらく五〇円から百円くらいの価値があるのだろう。

 券売機の入浴料を確認する。大人三五〇レプタ、子供二〇〇レプタと書いてある。レプタ。聞いたことがあるようなないような通貨単位だ。

 さて、明るい間はなにをするべきか。えねっちけーをつけてみるが朝ドラはL字画面だ。よほどでかい事故だったんだろうなと思ったら戦争が始まったらしい。

 Eテレに回すとお子さん向けの番組を流している。しばらく観てしまった。それからチャンネルを変えて民放も見てみるが、結局戦争のニュースばかりだ。

 アメリカが動いたとか自衛隊をどうするかでもめているとか、正直異世界にいる自分には無関係である。ハッキリモノを言わないことで有名な総理大臣が、あいまいなことを言ってごまかそうとして、記者に激しく突っ込まれてあうあうしている。


 テレビを止める。いまやるべきはそういうことじゃない。


 とりあえず営業開始までに、周りの様子を確認しよう。たぬき湯を出ると、やはり一面の墓地だった。


 墓地を歩いていくが、どこまで歩いても地平線まで墓地である。


 心がポッキリいきそうだ。諦めて戻ることにした。


 たぬき野郎が光の転移者とか言ってたな。なにか必殺技とか使えるのかな。


 いろいろと、高校時代友達と写真で遊んだときのように、必殺技のポーズを決めてみる。


 ……結論から言おう、なんにも出なかった。


 また心がポッキリいきかけて、ふらふらとたぬき湯に戻る。


「どんだけ豆腐メンタルなんだヌキ」


「豆腐メンタルじゃないもん! 豆腐はポキって折れないもん!」


「じゃあ百均シャー芯メンタルでもかまわねーヌキ。そんなに簡単に必殺技は出ないヌキよ」


「そういうもんなの?」


「レベルを上げなきゃ必殺技は出ないヌキよ。常識ヌキ」


 その通りなのであった。

 昼寝ののち、夕方になったので営業を再開すると、アンデッドのご婦人が果物(腐りかけ)を差し入れてくれた。とりあえず「ありがとうございます」と言うと、

「だってあなた自分の利益なんか考えないでアンデッドの土地で温泉やってるじゃない。素晴らしいわ」と褒められた。褒めるくらいなら腐ってない果物くださいと思った。


 とにかくここでは腐った果物くらいしか食べ物を調達できないらしい。

 冷蔵庫からバナナボートを取り出して食べる。うまい。だが飽きる。だが生ものなのでいそいで食べねばならない。


 やってらんね~。


 腐った果物も、腐ったところを取り除いたら食べられるだろうか、と皮を剥こうとして、虫さんがコンニチワしたので捨てた。なんつうものを持ってくるんだ。

 それから少しして、別のアンデッドが、

「ヒュームってこういうの食べるんですよね」

 と、なにかの肉を持ってきた。ヒュームというのはただの人間のことだろうか。


「これ、なんの肉ですか?」


「化けコウモリの肉です」


 またおいしくなさそうなのがきたぞ。とりあえずなぜか常備してある七輪で焼いてみる。


 予想外にいい感じの匂いがする。脂が溶けて炭に落ちて爆ぜるのもワクワクする。まるっきし肉じゃん。いいじゃん、とかじりついて、ふとコロナ禍のころのことを思い出した。


 新型コロナってコウモリがきっかけだったんじゃなかったっけ。


 化けコウモリの肉をもぐもぐしながら考える。市場で売られていたコウモリがきっかけで広まった、みたいな噂を思い出すが、とりあえず空腹が勝ったので全部食べた。おいしかった。


 ……数分後、激しく腹を下した。


 ほらぁやっぱり変なもの食べるから。ぜんぶ出てまあまあスッキリしたがいらないスッキリ感だ。お腹がぐうぐうして具合が悪い。


「飲泉しろヌキ」


「わかったよ……」

 というわけで飲泉する。やっぱりなにかヤバい薬みたいな効き方をする。ヤバい薬なんてやったことないけど……。


 飲泉して戻ってくると、アンデッドたちが受付の前にいた。新しいお客さんだろうかと思ったら頭から湯気が上がっている。


「あの、休憩所って使っていいんですか?」


「ど、どうぞ。ビールとか牛乳もありますよ」

 アンデッドたちはのんびりとくつろぎ始めた。さすがにガイコツやゾンビはビールや牛乳を飲んでもぜんぶ流れてしまうらしく、その手のものには手を出さない。


 でもアンデッドたちは意外なものに興味を示した。

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