異世界温泉たぬき湯 温泉施設もろとも異世界に飛ばされたのでどんな種族でも入れる温泉として頑張ってみる
金澤流都
1 温泉、異世界に転移する
1 アンデッドの村
耳がぶっ壊れそうな轟音と目が焼けそうな閃光ののち、次第にあたりの状況が把握できてきた。とりあえず、朝ドラの昼のやつを流していたテレビはふつうに動いている。冷蔵庫も、券売機も、照明も、とりあえずは動いているようだ。
では湯はどうだろう。幸いいまはお客さんが来ていない。わたしは女湯を覗いてみた。ちゃんと温泉は動いている。こっそり確認したら男湯もおなじようだ。
はあ、とため息が出る。じゃあさっきの轟音と閃光はなんだったのか。
「トラック激突の衝撃で、たぬき湯は異世界に転移したヌキ! 由香は光の転移者だヌキ!」
唐突にマスコットキャラクター的な声がしてびっくりする。見れば、ガラスケースに飾られているたぬきの剝製が、ゲームの銭ゲバたぬきみたいなキャラクターになってぴょんこぴょんこしていた。おもわず「ヒッ」と悲鳴が出る。
テレビは朝ドラの途中で緊急ニュースに切り替わった。どうやら秋田県大館市にあるこの「たぬき湯」に、トラックが思いっきり突っ込み、たぬき湯は木っ端微塵になったらしい。じゃあなんでわたしは生きているのか。
「由香は死んでるヌキよ?」
「はぁ????」
「鈍いヌキねえ。だからトラックがぶつかった衝撃で、いわゆる現実世界にあったたぬき湯は粉砕されたヌキ。そんでもって異世界にあたるこっちの世界に転移したヌキ」
「……まじか」
「まじだヌキ」
「いや、あのさあ……ふつうたぬきのキャラクターって、『だポン』とか『だタヌ』とか『だなも』ってしゃべるもんなんじゃないの? ヌキってなに?」
「いまはそんなことはどうだっていいヌキ。現状を確認するべきだヌキ」
「そ、そうだね。異世界……ってことはモンスターとかいるのかな」
わたしは恐る恐る、たぬき湯の玄関を出てみた。目の前に広がっていたのは、どこまでも続く墓地だった。
ここは剥製のたぬき曰く「異世界」らしいのだが、それを証明するように日本風の墓石や卒塔婆はない。かといって十字架が立っているわけでもない。
なるほどナーロッパ。しみじみと納得してしまう。
戻ってきたら腹が盛大に鳴った。お腹が空いたのだ。戸棚からカレーメシを取り出して、ケトルでお湯を沸かす。カレーメシは偉大な発明だ、五分待てばご飯が食べられるのだから。
わたしはお湯をわかしながら、剝製のたぬきに、
「なんで異世界なのに電気あるの」と聞いた。
「それはボクがチートを使ってるからだヌキ!」
なるほどチート。納得しかけるも納得してはいけないと踏みとどまる。テレビの電波や温泉のお湯、その他ありとあらゆるインフラをチートで片付けられても困る。
でもまあそもそも異世界なんだし、それで納得するほかないのかもしれない。沸いたお湯をカレーメシに注ぐ。
テレビのニュースを見る。どうやら現実世界ではトラックを運転していたのが飲酒高齢ドライバーだったらしい。なんて治安が悪いんだ。
死んだことになっていれば、わたしを小馬鹿にして笑う同級生のやつらも、わたしを笑うことはできまい。家族だってわたしを厄介者扱いするわけにいくまい。
しかしヒャッホー異世界! と喜ぶ気にはなれない。たぬき湯が到着したのは墓地だからである。それもどこまで続くやら分からない巨大な墓地だ。
えねっちけーのニュースの時刻表示を見ると五分経っていた。カレーメシのフタをとり、スプーンでひたすらかき混ぜる。香ばしいカレーの香りがしてきた。
ふと、カレーメシのパッケージに目がいく。――文字が日本語じゃないぞこれ。でもそこには確かに「カレーメシ」と書いてある。どういうことなんだろう。
とにかく難しいことを考えるのは後にして、カレーメシをかっ込んだ。おいしい。
――カレーメシをおいしいおいしいって食べてるけど、東京にいる同級生のやつらはサラメシ的なオシャレ社食食べてるんだよなあ。
クソデカため息が出た。
就職活動で心がポッキリ折れたばっかりに、わたしは秋田県大館市というクソ田舎に帰ってきて、クソみたいな賃金の日帰り温泉で働いている。
でもここは異世界なのだ、もうあの同級生のやつらと比較して落ち込む必要はないのだ。そう思いたかったが異世界というのがそもそも信じられないのだった。
このたぬき湯は、いわゆる日帰り温泉というやつである。あまり広くない浴場が男女それぞれあり、ビールや牛乳の自販機と、簡単な茶飲み会をするスペースがある。クッソ古いがカラオケマシンもある。
まあ銭湯感覚で入れる温泉と言えばよかろう。こういう温泉施設が秋田県内にはたくさんあり、近所のジジババが風呂に入りにくるのである。
スマホを取り出す。やっぱり知らない国の文字だが読める。LINEにいろいろと、東京の同級生たちからの心配のメッセージが入っていた。うざいので読みもしないでLINEのアプリを削除した。
これであいつらとは縁を切った。そう思ったらちょっとだけ心が明るくなった。
――で、どうしたものかを考える。
そもそもなんで墓地に転移したのか、剝製のたぬきをガラスケースから出して聞いてみる。
「由香は『光の転移者』だヌキ! 光の転移者はすべての闇を照らし、世界を明るくする、いわば勇者だヌキ!」
そんな身の丈に合わないことを言われても。でも墓地に転移した理由はなんとなくわかった。墓地はどちらかというと闇属性なので、それを照らすってことだろう。
「由香は聡いヌキねえ」
「聡かったらたぬき湯で働いてねーんですわ……あんた名前なんていうの?」
「ポン太だヌキ!」
「じゃあ語尾も『だポン』にすればいいじゃん」
剥製たぬき改めポン太は不服そうな顔をして、
「個性だヌキ。銭ゲバたぬきだって名前と関係なく『だなも』って言うヌキ」と答えた。
えねっちけー総合のニュースはどんどん深刻みを帯びてくる。ずっと観ていたがなんだか嫌だったのでEテレに変えると、ピタゴラスイッチをやっていた。ぼーっとビー玉が転がるのを眺める。
ピタゴラスイッチのあとはガチの子供番組だったので、秋田県には三つしかない民放をぐるぐる観てみたが、やっぱり大事故が起きてたぬき湯が消し飛んだニュースばかりだ。
腕時計は夕方五時を指した。そのとき、表の墓地から「ボコッ」という音がした。
なんだろう。ビックリして見に行くと、たぬき湯の前に広がる墓地から、ゾンビやガイコツが次々と現れて、たぬき湯のほうに向かってきている。
意外としっかりした足取りなんだな……と思って見ていたがそれどころではない、ゾンビやガイコツと戦う技術なんて持っていない。どうしよう。
しかしゾンビやガイコツ――以降はまとめてアンデッドと呼ぼう――のみなさんは、律儀に券売機に並び、この世界のものらしい硬貨をちゃりんちゃりんと入れて、入浴券を買っている。
もしかして、うちの風呂に入る気です?
「こんばんわぁー」
アンデッドのみなさんはにこやかに――いや笑ってるかわからんけど――入ってきて、わたしに入浴券を渡し、続々と風呂場に向かった。大丈夫なんだろうか。
「現実世界にいたときより繫盛してるヌキねえ」
「それを言っちゃあおしまいってやつなのよポン太」
しばらくして、アンデッドのみなさんはご機嫌さんで上がってきた。
「いやあ骨まであったまりますねえ」と、ガイコツのお客さん。
「そりゃアンデッドですからね……あの、ここはどこなんですか?」
「ナダユイイ帝国の辺境伯領です。辺境伯領はこういう、いわゆるモンスター種族の街もたくさんあるんですよ。お姉さん、光の転移者さんでしょ?」
「ええ、まあ……そうらしいです」
「そのうち帝都に招かれると思いますよ。それまでよろしくお願いしますね」
「え、そ、そんなにここに来るんですか?」
「だってお風呂が嫌いな人なんていないじゃないですか」
まあそれもその通りではある。しかしアンデッドを「人」と認識していいのだろうか。
「ナダユイイ帝国はさまざまな種族を人と認めているんだヌキ!」
「あんた都合よくしゃべるたぬきだね」
「キエエエエエシャベッタァァァァ」
アンデッドのみなさんが叫ぶ。いやあなたがたも相当な驚きですから。
「これ、神獣のたぬきですか?! 神獣のたぬきですよね?!」
「神獣……っていうか、ふつうにその辺の山に住んでますよ?」
「たぬきは神獣ですよ?! 神の意志を司る獣です!」
「この世界ではそうなんだヌキ」
そんな、「外国じゃたぬきは珍獣」をグレードアップされても困る。
というわけで、たぬき湯はアンデッドの街で営業を始めることとなった。
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