残暑

一度記憶を辿ってしまえば、おばあちゃんのことはいくらでも思い出すことが出来た。瞼の裏には江ノ島の強い日差しが焼き付いていて、瞼の色を私はよく知っていたし、肌がじりじりと焼かれる感触が、すぐ隣にきっとあった。


おばあちゃんの手はしわがれていて、言葉の調子もつっけんどんで、四六時中怒っているみたいだった。だから、初対面の人にはよく誤解されるのだけど、おばあちゃんは、本当はとても優しい人だった。

私が怪我をしたときには絆創膏を貼って、おまじないをかけてくれたし、ぎゅっと抱き締めて慰めてくれた。

おばあちゃんの荒れた指先が髪に引っかかる度に、私は小さく悲鳴を上げては文句を言う。それを適当に聞き流されるのもいつもの流れで、私はその荒れた手をよく撫でた。

私よりも随分と温かいその手に触れていると、段々と温度が溶け合って、私の手まで温かくなるのが好きだった。



いつも我が強く、人の言いなりになったり抑え込まれるのが嫌いなおばあちゃんの手が、あの夏の冷たい安置所で、私の指の中でされるがままに小さく丸まって動かなかった。

おばあちゃんによく似た人形のようなものを、おばあちゃんだとは思いたくなかった。


私は掛け布団の上に身体を倒し、狭く薄暗い部屋の天井を眺めながら、ゆっくりと目を閉じる。

ちゃんと布団に入りなさい、なんでおばあちゃんが起こしに来てくれるような気がした。どこかからまた、海の音が漂ってくるんじゃないか、と思った。

それでも耳に届くのは、タダ窓の外で幽かに鳴く虫の声と、走る車が風を切っていく音だけだった。

肌はひんやりと冷やされて、太陽に焼かれるようなことは無いし、瞼の血管のオレンジ色を見ることも出来ない。

どれだけ思いを馳せ、思い出を反芻して、その輪郭を丁寧になぞってみても、淡い違和感がしこりになって胸に重くひっかかる。それは時折じくじくうずいて、喉の奥をきゅうと締め付けた。

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