塩害

 からからの喉に粘ついた唾を押し込みながら、ごろりと寝返りをうつ。

適当に喪服を脱ぎ散らかして、お風呂にも入らずにすぐに横になったからか、髪からはじっとりと潮の匂いが漂ってくる。

 私は深く息を吸い込みながら、遠い海の音を思い出していた。


 私は10歳の頃に、江ノ島のおばあちゃんの家に移り住んだ。それまで住んでいた横浜よりも幾分田舎で土地も狭く、不便だったけれど、空が広く澄んでいて、波の音が心地好く届く、悠揚な土地だった。

 塩害のせいで家の端々の柱がよく錆びていて、普通の錆よりも赤々としたそれは、夏の快活さを閉じ込めたみたいだった。家中のどの窓を覗いても、海と地平線が寄り添うのが見えた。


 おばあちゃんは褪せた水色屋根の平屋で、小さな定食屋を営んでいた。こんがりと日に焼けた漁師のおじさん達は毎朝いろんなお魚を届けに来て、隣の家のおじいちゃんは、おばあちゃんと喧嘩のような挨拶を交わしていた。

 耳の欠けた野良の猫たちは、ひさしの影から虎視眈々と魚を狙い、時折来る観光客の足下にすり寄っては、黄色い声を満足げに浴びていた。

 潮風でべたついた肌を洗い流す温いシャワーは心地好く、よく暖まった着替えに包まれて目を閉じると、微睡まずにはいられなかった。海からの西日はどんなときでも眩しく、真っ赤に焼けた肌を湯船に浸す痛みすら、今になって思えば愛おしかったように思う。


 海の音に耳を澄ませば、必ず遠くから、誰かの声が聞こえてきた。それは、おばあちゃんの大きなお節介だったり、漁師のおじさんの笑い声だったりと様々で、そのどれもが日常を象るのに必要な、なくてはならない大事なものだった。



 私がおばあちゃんの元で暮らすことになったのは、今思えばきっと必然の成り行きだった。

 喧嘩の絶えない居間も、家で一人の時間が段々と増えていくのも、両親が互いに家とは違う匂いを付けて帰ってくるのも、同級生との会話が段々とかみ合わなくなるのも、幼い私にとってはどうしようもない世界のうねりで、あらがうことなんてできなかった。

 自然に、息の詰まらないように生きているだけで段々とうまく回らなくなっていく世界に、ちっぽけな私は簡単に弾き飛ばされてしまった。

 私が家にこもって人を避けても、学校に行かなくても、おばあちゃんは何も言わなかった。身の周りの生活必需品や通信の学校の教材を父からの養育費で買い揃え、いくらかのお小遣いを私に寄越してくれた。それから、

「外に出んでも、学校なんか行かんでもいい。んけど、そんかわり、きちぃんと働きぃ。働かざる者食うべからず、だかんね」

とだけ言い、お店の仕事を私に教えた。


 お金の計算とレジの使い方、店先の打ち水のやり方と、挨拶の仕方と配膳のあれこれ。

 白かった肌はあっという間に赤く焼け、お風呂で悲鳴を上げる私を、おばあちゃんは楽しそうに笑っていた。

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