ユスリカ

小林 凌

暗転

 熱中症による、急死だった。

 あの日は九月の中頃で、まだ残暑がきつく、ギラギラと太陽が強く照っていた。私は通っている通信の高校へ、課題を提出するためにたまたま学校へ足を伸ばしている日だった。どうせ連絡を取る友人もいないし、おばあちゃんは電話なんて嫌いだから、スマホを家に置きっぱなしにして。

 アスファルトの照り返しに狼狽しながら家に帰ると、家の前にはパトカーが止まっていた。

 お隣のおじいちゃんが、いつも元気なおばあちゃんの声が聞こえないから、と様子を見て発見してくれたらしい。酷く気の毒そうな顔をするおじいちゃんの顔はいつもしわとしみが多くあって、その日はそれが、より一層濃くなって見えた。


 警察の人に連れられて、病院へ行った。

 連れられたのは綺麗な病室では無くて、薄暗くて、夏の冷房にしては効き過ぎて寒いくらいの、無機質な部屋だった。警官がつらつらと延べた事実だけの情報と、ぼんやりと力なく丸まった、おばあちゃんの手の甲だけが記憶の表面にこびりついている。

 それは、砂浜の上を滑るさざ波みたいに、時折私の胸に押し寄せては、私を少しずつ削っていった。

 普段家から滅多に出ない癖に、もしあの日家に居たら、おばあちゃんの異変に気がつけたかも知れないのに。あの日学校がなければ、課題を先延ばしにしなければ、そもそも私が普通の学校に通えている子であれば、もう少し、おばあちゃんのお手伝いをして、おばあちゃんの負担を減らせていれば。

 私が、こんなわたしじゃなかったら。


 それからの日々を、私はぼんやりとしか思い出すことが出来ないでいる。



 10月25日、01時03分。私は寝ぼけ眼でロック画面の数字を眺めて、日付が変わったことを知った。

 暗がりの部屋に浮かぶスマホの光は思いのほか強く、じんわりと目の奥が痛む。ゆっくりと一つ瞬いて、視線を暗がりの部屋に投げた。昨日の夕におばあちゃんの四十九日を終え、帰ってきてからすぐに眠り呆けてしまっていたらしい。


 昨日も、よく晴れた暑い日だった。秋晴れは容赦なく照り、そこら中から水分を奪っていた。海風に包まれたお寺の、異様に褪せた侘しい空気が、未だ肩に張り付いている。慣れない法事にやつれた体には倦怠感がのし掛かり、いやな乾きが体の中に蔓延っていた。

 お寺の端には蚊柱が立ち、線香の白線が細く天に昇っていく景色が、脳裏にこびりついている。

「きっと、見守ってくれてるから。ちゃんとご飯食べて、強く生きるんだよ」

 なんて隣のおじいちゃんは言ってくれたけれど、私はどうしても頷くことが出来なかった。そんな私を見て気の毒そうなおじいちゃんを、私は酷く気の毒に思った。

 おばあちゃんがみまもっているなんて、どうしても思えなかった。

 おばあちゃんは、私の傍には居ないのに。

 もう、私に声をかけてはくれないのに。

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