4-6.“死”の為の祈り

 わたし達は車から降りて、前と同じように廃墟に向かって歩き出しました。山の奥深くまで進んだ頃、あの廃墟がわたし達の目の前に現れます。廃墟自体の様子は以前と変わらず、周囲にも大量の“彼ら”が蔓延っていました。


 ですが、以前とは変わった点もあります。悪い気を漂わせていないのは勿論ですが、廃墟の前には祭壇が建てられていました。まるでお寺にあるような祭壇の四隅に竹が刺さっていて、竹はしめ縄で縛られていました。しめ縄には白くて不思議な形に折られた紙が垂れ下がっているみたいです。


 そんな、まるでお祭りとかを始めるような状態に変化していました。祭壇の前には、まるでお坊さんのような格好に身を包んだ真琴さんがジッと座っていました。


 これから怪異を祓うお祓いが始まる。それをわたし達はひしひしと感じていました。


「よし、全員揃ったな……ん? アイツはどこに行った?」


 お父さんはキョロキョロと周囲を見渡します。


「幽霊さんは温泉宿で少しやることがあるみたいで、後から来るって言ってました」


 わたしがそう答えると、お父さんは「はぁ」とため息を一つ吐きました。


「まったく……アイツらしい」


「アイツらしいとは何よ?」


 わたしは後ろを振り返ります。そこには幽霊さんが腰に両手を当てて浮いていました。


「はいはい、何でもございませんよ~。間に合ったようでようござんした~」


「……準備は出来てるのよね?」


「あぁ、もう始めるだけだ」


「分かった」


 幽霊さんはわたしの隣に座ります。そして幽霊さんの隣にお父さんが座ります。2人が座ったのを見ると、わたし達もゆっくりとその場に座ります。全員が祭壇の少し後ろに座った頃、真琴さんがスッと立ち上がりました。それから、わたし達の方に振り向きます。


「これから行うのは“境界の儀”だ。引き寄せられて成仏出来ない魂をあの世に送り返す儀式だ。だが、やることは簡単だ。お前達はただ両手を合わせて想像していればいい。あぁ、目は閉じても閉じなくてもいい。想像してほしいのは――楽しかったことだ」


 真琴さんはゆっくりと廃墟の方に振り返ります。


「あいつ等は“死”に引き寄せられて、そのまま行き場を無くした存在だ。だから、あたし等で“生”を集めて、あいつ等をあたしが開いたゲートに送り返す。ま、火を当てて陰に追い返すってことだ」


 真琴さんはゆっくりと祭壇の前に座り込みます。


「あたし等はこれまで“死”に触れ過ぎた。だが、思い出してほしい。あたし等は死者を覚えておく以前に、生きてる人なんだ。死者と生者は違う。だからここにその境界線を作るんだ」


 真琴さんはバッと何か紙を開きます。


「さて、最後のお祓いをするとしよう」


 真琴さんはわたし達には聞こえないくらいの声で何かを唱え始めます。その声を合図に、わたし達は両手を顔の前で合わせます。それから、わたしはゆっくりと目を閉じて思い浮かべます。


 楽しいこと。確かにわたし達はこれまで様々な怪異に触れて来て、多くの“死”に触れてきました。でも、同時に“生”も実感してきました。


 わたしが死のうとしていた時に、お父さんがわたしの頬を叩いた痛み。言葉の温かさ。温泉に浸かった時の温かさ。加奈さんの心臓の鼓動。加奈さんを抱きしめた感触。沙奈枝さんと向き合って引っ張ったあの瞬間。みんなで協力して脱出した瞬間。


 全部が、“生”を実感する瞬間でした。

 “生”は身近な概念ですが、わたし達は“死”に惹かれてしまいます。

 “死”がわたし達を縛ることもあります。


 でも、わたし達は忘れてはいけないんです。

 “死”を守る為に、“生”を大切にすることを。


 温泉で幽霊さんと一緒に浸かって、腰に手を当てて牛乳瓶を飲み干す。くだらない話をして笑いあう。ダメダメで抜けている沙奈枝さんに笑わされる。真面目だけど真面目過ぎて面白い加奈さんの反応。次は何をする、何をしたいか予定を考えること。


 それら全ての記憶をいつかの“死”に繋ぐために、

 わたし達は今という“生”を忘れてはいけないんです。


 …………。


 …………。


 ……何だか目の前が少し明るくなってきました。


 わたしは両手を顔の前で合わせたまま、ゆっくりと目を開きます。開いた先に広がっていた景色は――。


「……綺麗」


 沢山の黄色い光の球が、ゆっくりと廃墟の上に集まって光の柱になっていっていました。光の柱は徐々に雲のずっと上の方へと昇っていきます。きっと、あれが“彼ら”の魂なのでしょう。


 わたしの頭の中にとある記憶が蘇ってきます。それはもうずっと昔の、わたしがまだ幼くて記憶も曖昧な頃。あれはお父さんと何処かの公園に出掛けた時の事でした。真っ暗な公園に連れてこられて、当時のわたしは何をするのか全然分かっていませんでした。


『見てろ~梢枝。今から始まるからなぁ~』


 小さなわたしはその言葉の通り、じっと待ちます。すると、ポワポワと何か小さな粒のようなものが光り始めました。それは徐々に増えていき、やがて光の数は数十個になっていました。


 真っ暗な公園の中、小さな光の粒があっちこっちとゆっくり飛び回っているその光景を、わたしはただじっと見つめていました。目を光の粒で輝かせているわたしに、お父さんはやさしい声で語り掛けます。


『あれはな、蛍っていう虫なんだ。あの光一つひとつが生きていて、短い命の中あんなにも綺麗に輝いてるんだ』


 幼いわたしはお父さんに抱えられたまま、お父さんと一緒にただその光景をじっと眺めていました。


 そう、蛍です。今わたしの目の前に広がる光景は、まさにあの頃と同じような光景でした。わたしはゆっくりと口を開きます。


「わたしが付けようとしていた名前は――」


 その声に男の幽霊さんが振り向きます。他の人も両手を合わせたまま、わたしの方に振り向きます。


「名前は――けいです。ホタルと書いて蛍です。意味は――」


 わたしは光の柱を見上げます。


「例え暗闇の中でも、例え短い命だとしても、強く優しく輝き続けてほしいからです」


「蛍……」


 男の幽霊さんはその“名前”を呟きます。


「……いい名前じゃない。キミはどう思うのよ?」


 幽霊さんは男の幽霊さんに質問します。男の幽霊さんは一回下を向いて、それから顔を上げて光の柱を見つめました。


「僕は……蛍。うん、いい名前だと思う。ありがとう、梢枝」


――最高のプレゼントだよ。


 わたし達はじっと、光の柱を見つめていました。

 その光が消える瞬間まで――。

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