4-3.まだ終わらない怪異
真琴さんが放った言葉。その言葉にわたし達は固まります。さっきまで和やかな雰囲気が漂っていた休憩スペースは、一瞬にして凍り付きます。そんな様子を見た真琴さんは「ふっ」と笑みをこぼしました。
「そんなに構える必要は無い。お前達のお陰であの廃墟の怪異は8割くらい解決されたも同然だ。だが残りの2割。あの廃墟に巣食っていた怪異に貪られた魂は多く存在する。あたし等はそれらを成仏させる必要がある」
なるほど。確かにあの巨大な怪異は多くの怪異を呼び寄せて、まるで駒の様に使いつつ食べていました。わたし達はその巨大な怪異を祓うことは出来ましたが、怪異に食べられてしまった怪異や、元々あの廃墟に漂っていた怪異を祓うことはしていませんでした。だからその後処理が必要なのでしょう。
「で、その準備は終わったのかしら?」
幽霊さんの質問に対して、お父さんは冷蔵庫から取り出した炭酸水を飲み、それから答えます。
「まだだ。まだ終わってないが、一旦休憩をしに戻ってきたんだ。外仕事は暑くてしゃ~ないからな」
「今日の17時だ。17時になれば祓いを始める。日が落ちつつあるこの時間帯が、一番あいつ等が集まって祓いやすいからな」
真琴さんの言葉の意図には心当たりがあります。逢魔が時。以前からわたしが最も“彼ら”を見ることが多い時間帯です。考えてみれば、加奈さんに会うきっかけになったあの中学校での怪異も、日が落ちつつある夕暮れ時に起こりました。怪異に遭遇しやすいという“逢魔が時”と呼ばれるものは本当にあるのかもしれません。
「と、いう事で今日やることは全部で3つ!」
幽霊さんは再び休憩スペースの中央に浮き上がって、声高らかに宣言します。
「1つ、彼の名前を考えること! 2つ、温泉宿の掃除をすること! 3つ、あの廃墟のお祓いに参加すること! 名前の候補と掃除はお祓いまでに終わらせて頂戴ね?」
……今日は中々にやることが多そうです。温泉宿の掃除がかなり広くて時間がかかりそうです。
「ち、ちなみになんですけどぉ……掃除って誰がやるんですかねぇ……」
沙奈枝さんが身体を縮こまりながら幽霊さんに質問します。幽霊さんは両手を組んで涼しげな顔をしながら答えます。
「もちろん、梢枝、加奈、沙奈枝、彼の4人でやってもらうわよ? 名前を考えることくらい、掃除をしながらでも出来るわよね~?」
「はい……頑張ってピカピカにしてみせます……」
沙奈枝さんの身体からどんよ~りとした何かが見えます。沙奈枝さんの感情は本当に目に見えて分かりやすいです。
「晃光さんと真琴さんはお祓いの準備だとして……幽霊さんは何をするんですか?」
加奈さんのツッコミにみんなが幽霊さんを見つめます。
「わ、私もお祓いの手伝いよ! あのおじさんのサポートをすることが、私の役目だもの!」
「おいおい、こっちの人手は俺と真琴で間に合ってんぞ~」
「っな!」
お父さんは意地悪そうにニヤニヤしながら答えます。幽霊さんの身体からは沸々と火の粉が舞い始めています。そんな幽霊さんを見て沙奈枝さんもニヤニヤしながら幽霊さんに近寄っていきます。
「あれあれぇ~? 一番サボろうとしていたのは幽霊さんですかぁ~? 幽霊さんも、アタシ達と一緒に掃除しませんか?」
「う、うるさいわね! さっさと掃除に行きなさい! さもないと今夜枕元に立って悪夢を見せてやるわよ!」
幽霊さんがそう言うと、ピュ~っと沙奈枝さんは休憩スペースを飛び出して掃除用具を取りに行ってしまいました。何だか楽しそうです。
「梢枝ちゃん、私たちも行こっか」
「はい」
わたしと加奈さんも休憩スペースを抜けて掃除用具を取りに行きます。
「君も一緒に行きましょう?」
「あ、うん」
加奈さんは男の幽霊さんにも声をかけて、わたし達は3人で一緒に掃除用具を取りに向かいます。
「ついでに温泉宿の案内もしますね」
今日は何だかいつもよりも賑やかな一日になりそうです。
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