4-2.たくさんのやるべき事
いつもの明るい声で宣言した幽霊さんを囲うように、わたし達は休憩スペースの中央に集まって浮いている幽霊さんを見上げます。集まったわたし達を見て幽霊さんはニヤリと笑みを浮かべます。
「よし……みんな集まったわね。それじゃあまず1つ目は――」
(ゴクリ……)
場に居る誰もが幽霊さんの言葉に固唾を飲みます。
「1つ目は――キミに名前を付けること!」
そう言って幽霊さんが指差した先をみんなで一斉に見つめます。幽霊さんが指差した先は、あのモジモジしていた男の幽霊さんでした。
「えっと……僕の名前決め?」
「そっ!」
……場が固まります。ですが、静寂はすぐに沙奈枝さんによって破られました。
「なんだぁ〜凄い気迫だったからどんな無理難題を押し付けられるかと思ったよぉ〜」
「でも、とっても重要なことよ? 名前はただの呼び名であると同時に、その人を表して縛るものでもある。決して蔑ろにするようなものではないわね」
確かにその通りかもしれません。何となくですが古そうな名前の人であれば、凄く厳しい環境で育った人のイメージがありますし、可愛らしい名前が付いていると何となく可愛い感じに見えるような気がします。確かに適当に決めて付けるものではないですね。
「それにね」と幽霊さんが付け加えます。
「“名前”はその人が生まれて初めて貰う“プレゼント”でもあるのよ。この世に生まれたのにまだ名前が無い彼には、名前というプレゼントを贈るべきよ」
「生まれて初めて貰うプレゼント……そうですね。わたし達で考えてみます」
男の幽霊さんはみんなが真面目に考えだす様子を見て少し恥ずかしそうにまたモジモジし始めました。そういえば、幽霊さんの名前は何だったのでしょう。記憶を失って忘れてしまったとの事で聞けていませんが、やっぱり幽霊さんにも名前があったはずです。本当は幽霊さんの名前も見つけてあげるべきなのでしょうが――。
「期限は後で伝えるわね。それじゃ続けて2つ目よ!」
あまり気にしていないのか、それとも触れたくないのか、幽霊さんが生前の自分について知りたがる様子は見当たりません。
「2つ目は――加奈に説明してもらおうかしら」
突然話題を振られた加奈さんはわたしや沙奈枝さん、幽霊さんの顔を見比べると、困ったように浮いている幽霊さんに視線を送りました。
「……アレの事よ加奈。昨日の帰りにこっそり話してくれたじゃない」
その言葉を聞くと、加奈さんが「っあ!」と思い出したように目を大きく開きました。
「実は前々から思ってたんですが、この温泉宿って物とかは揃ってるのに開店はしていないですよね? だから、そろそろ開いてみるのはどうかな?って幽霊さんと会話していたんです」
「いいね! 開いてみようよ!」
そう真っ先に反応を示したのは、やはり沙奈枝さんでした。沙奈枝さんは目をキラキラと輝かせながら加奈さんの手を掴んで……いえ、すり抜けたので掴むことは諦めて加奈さんの目を見つめていました。その後すぐに幽霊さんは「ただ」と付け加えます。
「“人間”に対しては流石に準備が整っていないから無理よ? だから最初の客層は――“幽霊”よ!」
……さっきまで目をキラキラと輝かせていた沙奈枝さんが、まるで凍ったように固まります。そんな沙奈枝さんにニヤニヤしながらゆっくりと幽霊さんが近づきます。
「沙奈枝~? もしかして、幽霊が怖いんじゃないでしょうね~?」
「ち、ちち違います~幽霊なんてもう何度も見てきたし~? やっぱり幽霊が居る温泉宿なんだから? 最初の客層は幽霊からだよね~?」
「顔は余裕そうでも、足がガクブル震えてますよ、沙奈枝さん?」
わたしがそう指摘すると「もう! 言わないでよ(>_<)!」と沙奈枝さんが恥ずかしそうに言ってきました。わたしと幽霊さんは思わず「ふふ」と笑ってしまいます。あれだけのことがあっても、沙奈枝さんはやっぱり幽霊が怖いみたいです。
「そんなわけで、この温泉宿を開くために掃除をしてほしいのよ。電気系統とか危ないところは私とおじさんがやるから、全体的な部分をお願いね?」
「あ、あの……」
男の幽霊さんが質問をするのに手を上げました。
「いくら幽霊相手とは言え、その幽霊をどうやって集めるの?」
その言葉を聞くと、幽霊さんは「ふふん」と着物の中をゴソゴソとしだして何かを取り出そうとしています。何を取り出すのかとわたし達がじっと見つめていると、幽霊さんは遂に取り出しました。
「見なさい! これが“幽霊になったあなたへ”シリーズ、どこでも売り切れ御免状態の“社会人編”よ!」
あぁ~あれってシリーズ化されてたんですね。というか売り切れ御免って、幽霊さんが執筆した本という訳じゃないんですね。
「この本は入門編までは支給品みたいな感じでどこからともなく届くんだけど、社会人編に関してはホントに探さないと無いのよ~」
とてもキラキラとした目で自慢げに話しながらページを捲っていく幽霊さん。その幽霊さんをわたし達はポカーン( ゚д゚)と見つめています。
「っあ、あったあった……この第5章に記載されている“幽霊社会におけるマーケティング戦略”よ! ここに広告宣伝活動の方法とか諸々が記載されているのよ! これを見ながら宣伝すれば効果は抜群よ!」
そう幽霊さんは自信満々にサムズアップをして見せます。
(不安だ……)
幽霊さんを除くわたし達の意見は、その一つに集約されていました。
「ただいま~帰ったぞ~」
休憩スペースの外で温泉宿の入り口が開く音がします。視線を移すと、木の葉が身体中に付いているお父さんと綺麗な黒スーツのままの真琴さんが帰ってきていました。お父さんはかなり疲れ果てた様子でヨロヨロと休憩スペースに入ってきます。
「ふぃ~炭酸水は~……って何だこの雰囲気は」
幽霊さんが自信満々に本を開いてわたし達に見せていますが、わたし達は苦笑いで幽霊さんの開いた本を見つめているこの状況。そんな何とも言えない雰囲気の休憩スペースをお父さんが見渡して「はぁ~」とため息を一つつきました。
「お前なぁ……その詐欺本をどうにかしろって言っただろ……」
「詐欺本とは何よ! しっかり役立つことが書いてあるんだから!」
「いや、“写真の写り方”とか誰が気にすんだよ! 写真に写ってそれを見たら“心霊写真”だ~としか思わねぇよ! 誰が『この写り方は芸術点が高いな』なんて評価すんだよ!」
「アンタ達が“心霊スポット”とか言ってどこでも写真を撮るからこっちだって気を使ってるのよ! どうするのよ、万が一写った写真が入浴中だったら」
「『こえ~な』の一言だよ!」
「うんうん」と沙奈枝さんが深く頷きます。というか、やっぱりあの本怪しいですよね。お父さんも同じことを思っていたみたいで何だか少し安心?しました。対して加奈さんは幽霊さんが開いていたページをじっくりと読んでいました。
「でもこの内容……やっぱり納得するような事は書いてあります。実際にこの手法で私が勧誘されたら行くかもしれません」
真面目にマニュアルを読み込む加奈さん。そんな加奈さんのコメントに幽霊さんは自信満々の目でお父さんを見下しています。対してお父さんは頭を抱えてうなだれていました。
「ま、この話は一旦ここまで。次の3つ目が今日やることの最後の項目よ」
幽霊さんはさっきまでの雰囲気とは打って変わって、いつものお仕事の時の雰囲気に変わりました。
「3つ目の内容は――そうね、丁度帰ってきた真琴に話して貰おうかしら」
休憩スペースの入り口の横にもたれ掛かっていた真琴さんが姿勢を正して口を開きます。
「今日最後にやること。それは“あの廃墟”の最後の後始末が必要だ」
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