3-20.地の底から這い上がるモノ達

「梢枝、準備は良いか!?」


 わたしとお父さんは少し離れた所で直線状に立ち、わたしとお父さんの間に出来た隙間に加奈さんと幽霊さん。幽霊の男の人と沙奈枝さん。それからとっても強そうな男の幽霊さんが立っています。


「はい! 準備出来ました!」


「それじゃあ唱えるぞ!」


「はい!」


 わたしはお父さんから渡された紙を開いてお父さんと一緒に読み上げます。


『我は生なる概念を司る者なり。我は生なる概念で生きる者なり。悪しき概念を祓い、我らを生なる概念の元へと連れて行きたまえ!』


 わたしとお父さんは同時に左手に数珠を持ち、両方の手の平をパチンと合わせます。その瞬間、わたしとお父さんの足元に怪異を封印する時と同じ紋章が現れ、眩しいほど黄色に温かく光り始めました。そして紋章が宙へ浮かび上がると、わたし達の身体も紋章に乗っかって宙に浮かび上がりました。


「絶対に手を放すんじゃないぞ! 梢枝!」


「はい!」


 紋章は徐々にスピードを増して消えかけている一番星に近付いていきます。


『~~~~~~~!!!』


 わたし達の真下から聞こえてきた獣のような鳴き声。それは廃墟でも聞いたあの巨大な怪異のものでした。下を見れば、大きな肉の塊に大きな口が付いたような怪異が大勢の怪異を連れてこっちに迫って来ています。


「加奈!」


「はい!」


 幽霊さんの声に合わせて加奈さんが動き出します。加奈さんはわたし達の周りに結界を張って、結界の周りに数珠の球のようなものを呼び出します。数珠の球は近寄ってきた怪異にぶつかり、そのまま爆発して怪異を倒していきます。ですが球の数と襲い掛かる怪異の数には圧倒的な差があります。倒しきれなかった怪異は結界にしがみつきます。


「もう満員よ!」


 結界にしがみつく怪異に対して、幽霊さんは殴り飛ばして振り落としていきます。


『~~~~~~~!!!』


 再び巨大な怪異の鳴き声が聞こえた時、巨大な怪異の周りに加奈さんが呼び出したものと同じような、黒い数珠の球のようなものが大量に現れました。


『~~~~~~~!!!』


 その瞬間、巨大な怪異の周りにあった黒い数珠の球は一斉にわたし達に向かって飛んできました。


「任せろ」


 とっても強そうな男の幽霊さんは両手を前に突き出すと、一斉に向かって来る黒い数珠の球一つひとつに対して結界を張り、加奈さんが張った結界に近付く前に爆発させて消してしまいました。


 加奈さん、幽霊さん、強そうな男の幽霊さん。みんながそれぞれ怪異の相手をしてわたし達を守りながらわたし達は一番星へと向かっていきます。



 ――一方、真琴。


 閉じつつあるゲートに祈りを捧げてゲートを開き続けていた。だが、廃墟の周りにはあの巨大な怪異によって引き寄せられた怪異が溢れかえっていた。


「まったく……まだお盆じゃないよ」


 真琴は左手で祈りを捧げながら右手を上にあげる。


『我に使えし概念よ。我が呼び声に応えたまえ! どうせ見てるんだろ! ちょっとは手を貸したらどうだい!』


 その瞬間、廃墟の周りに巨大な手が現れ、廃墟に近付く怪異たちを文字通り薙ぎ払っていった。次に真琴はその場にしゃがみ込み、上にあげた右手を今度は地面につける。


 薙ぎ払う手を避けて廃墟に侵入してきた怪異。それらは一斉に真琴へ襲い掛かるが、真琴の身体に触れた瞬間――彼女の結界によって触れた怪異の身体は消滅していった。


「これは消耗戦だね……さっさと上がってきてくれないと限界だよ!」



 ――一方、梢枝たち。


 幽霊さん達は襲い掛かる怪異たちを次々祓っていきます。でも三体祓ったと思ったら九体襲い掛かって来るような状況です。消えつつある一番星まではあと少しですが、辿り着くのが先か、結界が破られて怪異に襲われるのが先か。あと一歩で圧されてしまうような状況です。


「梢枝! 何があっても絶対に離すな!」


 わたしとお父さんの手が震えてきます。スピードを出そうと思えば思うほど、意識が遠のいていきます。


『~~~~~~~!!!!!!』


 今までで一番大きな鳴き声。その瞬間、周囲に変化が起きました。


「……! 噓でしょ!」


「こ……ずえ……ちゃん……!」


 怪異たちを祓っていた幽霊さんと加奈さん、強そうな男の幽霊さんが黒い鎖に縛られて拘束されていました。廃墟で見た時と同じ、あの黒い鎖に幽霊さん達は縛られてしまいました。


「おい……勘弁してくれ……!」


「加奈さん! 幽霊さん!」


 怪異たちは攻撃が止んだわたし達の元に迫ってきます。結界を守っていた数珠の球はいとも簡単に破壊され、わたし達を包む結界中に怪異がしがみついていきます。結界は徐々に耐えきれなくなり、ヒビが入っていきます。


 ――ピシ……ピシピシ……。


(割れる!)


 ――パリン!!


 わたしは思わず目を瞑ります。


 …………。


 …………。


 …………怪異は未だわたしの身体に触れていません。


 わたしはゆっくりと目を開きます。


 そこには――。


 左手に数珠を持って顔の前で祈っている沙奈枝さんの姿がありました。


「ここで呑み込まれてたまるもんか……! 梢枝ちゃんと温泉友達になるって……約束したんだから!」


 わたし達の周りには再び結界が張られていました。そして、結界の周りには真っ白な数珠の球のようなものが次々と現れ始めていました。周りを見渡すと、沙奈枝さんの他に、あのモジモジしていた男の幽霊さんが左手を顔の前に持ってきて人差し指と中指を立てて祈っていました。


「僕は“あなた”とは違う。あの子が言っていた世界を、僕は見てみたい……!」


 その瞬間、下から迫って来ていた巨大な怪異の身体に黄色い鎖が巻き付きました。そして幽霊さん達を縛っていた黒い鎖は――パリンと大きな音を立てて崩れ去りました。


 幽霊さんは解放されるとグッと伸びをして、沙奈枝さんとモジモジしていた男の幽霊さんを交互に見つめていました。


「なんだ……思ったよりやるじゃない」


 幽霊さんは何だか嬉しそうに微笑んでいました。それから幽霊さんはわたし達の真下でもがいている巨大な怪異を冷たい目で見下します。


「おいたが過ぎたわね。お仕置きの時間よ!」


 幽霊さんは目を瞑ります。


『悪しき概念よ! 我が言葉を聞き給え! 我々が汝の概念に屈することは決してない! 我々は生なる概念として最期の瞬間まで生き続ける!』


 幽霊さんはゆっくりと両手を顔の前へと持っていきます。


『神霊の名において汝に命ずる! この世から消え去れ!』


 その瞬間、幽霊さんはパッと目を開きパチンと両手を合わせました。


『~~~~~~~!!!!!!!!』


 わたし達の身体が揺れるほどの大きな鳴き声。鳴き声と共に巨大な怪異の身体は眩しく光り始め――。


 ――パッと鳴き声と共にその姿が消えてなくなりました。


 そうしてわたし達を追ってきていた怪異たちも、まるで幽霊さんに恐れているように次々と離れていきました。


「……! お父さん見て! あと少しで!」


 わたしはお父さんに呼びかけます。


 一番星はもう目と鼻の先です。



 ――一方、真琴。


「もう……そろそろ限界なんだけど!」


 大勢の怪異を相手にしながらゲートを開き続けていた真琴。彼女の鼻からは血が流れ、両手も痙攣しているように震えていた。


 もう意識を失って倒れるその瞬間。外の様子が変化した。


 先ほどまで襲ってきていた怪異たちの動きが止まり、まるで何かに恐れるように少しずつ廃墟から離れ始めていた。


「一体……何が……」


 真琴はゲートの向こうに視線を移す。


「……! 本当にやり切るなんてね……!」


 真琴は再び立ち上がり、両手をゲートの方に向けて最後に残った力を込める。


 迫る光はもう目前だった。

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