3-17.正体

 ――一方、幽霊の少女と幽霊の男。


 男は重たい口を開いた。


 僕はあの廃墟で生まれた。両親から生まれた訳でもなく、ただぼんやりとそこに生まれた。だから、僕に名前は無い。誰かに名前を付けられる事も無く、すぐに知らない誰かに引き取られた。


 僕には朧げに記憶があった。新しい祓い師に生まれ変わって、多くの人の期待を背負っている存在という記憶。その為に僕は何かに参加しているみたいだった。だから僕は彼らの言う通りに学ぼうとした。


 けど、ある日すべてが変わった。


 僕の部屋の外で事件が起きた。僕に勉強を教えていた人、僕に様々な質問をしていた人。そんな人たちがある部屋に集まって何かをしているようだった。僕は部屋から少し外を覗いて見てみたんだ。


 ……あれは祓いの光景だった。それも大掛かりな。だけど、祓いは失敗した。“ソレ”は部屋から溢れ出した。まるで洪水のように。ドロドロと溢れ出して、集合して、まるで肉の塊のように祓い師達を食い尽くしていった。


 僕はあの姿を見て直感的に感じたよ。


 あぁ。あれが“生まれ変わる前の僕”なんだって。


 それを何で感じたのかは一切分からない。けど、あれは間違いなく“僕”だった。


 怖かったよ。目の前でどんどん人が呑み込まれていくんだ。人だけじゃない。周囲に漂っていたモノも引き寄せて呑み込んでしまう。そんな存在が僕自身なんだ。


 僕は逃げ出した。アレが去ってから部屋を飛び出した。だけど、困ったことに外に出られないんだ。外がどんな場所か分からないから。だから僕はあの地下室に逃げ込んだ。ずっと、あの場所で隠れていた。誰からも忘れられるまで。


「そして、私達に出会った訳ね。私達が力を使ったから、その力にアイツが引き寄せられて今に至る……と」


 少女は顎に手を置き考え込む。対して幽霊の男は俯き冷たい笑いをこぼす。


「アレに呑み込まれたらどうしようも出来ない。アレは祓い師としての力も持ってる。大勢の祓い師の力でも祓えなかったんだ。そんなの……」


 少女は気にすること無く何かを考え込んでいる。


「アレが僕なら……僕は消えてなくなりたかった。あんなのになってしまうことが怖かった。誰からも忘れられて消えたかったのに……君達が現れたから……」


「あぁもうグチグチうるさいわね!」


 少女は鬼のような形相で男の方へ視線を移す。


「良いわ。あのおじさんに説教する前にアンタの方から説教させてもらうわ」


 ゴゴゴゴと少女の背後に炎が燃え始め俯く男に近寄っていく。


「そこまで言うなら最初っからアイツに呑み込まれて消えちゃえば良かったじゃない! アイツに呑み込まれればそのまま一体化できて万事解決! 良かったわね~めでたしめでたし!」


「そ、それは……」


「嫌なの? 嫌だから逃げて隠れたの? 何で? それが答えでしょ!?」


「逃げて隠れたのは……食われるのが怖かったから……」


「死んで消えるのに怖いも何もあるわけ!?」


 詰め寄る大きな少女に対して男は徐々に小さくなっていく。


「どうせ死んで消えるんだからどんな方法でも構わないわよねぇ? 死ぬ手段を選り好みするなんて随分贅沢で余裕がおありなのねぇ~? そもそもアンタ死んでるみたいな存在だし」


「…………」


「アンタは“逃げた”。それが答え。恐怖心からかもしれないけど、その恐怖心は無意識下の“生きたい”という思いで逃げ出した。つまり、アンタは口ではどうのこうの言いながら“生きたい”だけなのよ! 生きたくて死ぬのに失敗した理由を正当化してるだけなのよ、このボケナス!」


 「ふぅ」と一つ息を吐くと大きくなっていた(というより大きくなっているように見えていた)少女の姿は元の幼く小さな姿に戻った。少女はプイッとそっぽを向いてまた考え込み始めた。


 男は小さくなり俯いている。


「…………」


 男は俯いたまま口を開く。


「君は……」


 その声に少女はムスッとした表情のまま振り返った。


「君は…………何でそうも存在し続けられるんだ?」


 …………その言葉に少女の表情は柔らかくなった。

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