3-15.秘匿された領域

 ――一方、幽霊の少女。


「う……うぅん……ここは……?」


 あの巨大な怪物の咆哮が聞こえた後、少女は気を失っていた。少女は重たい身体を起こし、周囲を見渡す。見たところ、咆哮が聞こえる前と同じあの廃墟の玄関に居るようであった。だが、晃光と弱弱しい幽霊の男。そして真琴の使役している幽霊は見当たらなかった。


「おじさん! どこに居るのよ!」


 少女は叫んでみるが、その返答は無い。


「はぁ……まったく世話が焼けるわね……帰ったらしこたま説教よ」


 少女は頭を抱えながらゆっくりと浮き上がって動き出す。改めて周囲を見渡すが、先ほどまで居た場所と比べて特段変わったところは無い。無いのだが、少女は顔をしかめていた。


 少女はゆっくりと洗面所の方へと向かい、さっきまでと同じように洗面所の地下へと下りて行く。勿論、今度は絨毯を退けずにそのまま透けて下りて行く。下りるとこれもまた同じように扉が一つ出迎えるが、少女は慎重に扉の方へと進み、扉の向こうを覗き込む。


(……やっぱり)


 そこにはまるでお寺の和尚のような恰好をした二人の人物が、資料を片手に何やら熱心に会話を交わしていた。


『抽出は順調に進んでいる。後は適量の接種だが……経過はどうかね?』


『芳しく無いでしょう。ですが想定外の結果も表れています』


『……見せたまえ』


『はい。こちらです』


 和尚の恰好をした二人は部屋を出て地上へと向かっていった。少女は後を追うように地上へ上がり、二人が進む方へ向かっていく。二人はリビングの階段を上り、右手の手前側の扉へと入っていった。そこは何も無い部屋に男がただ一人監禁されているかの様に座り込んでいた部屋だ。


 少女は部屋の中を覗き込む。部屋の中には先ほどの和尚の恰好をした二人と、前に見た時と同じように男が一人部屋の隅で体育座りをしていた。が、時々男の身体が膨らんだり消えたりしている。


『摂取量を増加してからというもの、彼が消えたり、その体質を変化させるような兆候が見受けられます。黄泉の国と生者の国で概念が行き来している結果でしょう』


『悪しき概念の兆候は?』


『……見受けられます。時折周囲の悪しき概念を引き寄せているようです』


『……これが想定外の結果か? これくらいは想定通りだろう。必要になれば処置を施せば良い』


『いえ、想定外の事象とはこちらになります』


 二人は部屋を出て二階の奥の部屋へ入っていった。


(やっぱり、ここは誰かの“領域”で間違いないわね。さっきまでと雰囲気が違うもの。あの時の学校と同じ雰囲気。だけど、一体誰の“領域”に迷い込んだのよ。それに……アイツらは一体何をしているの?)


 少女は考え込みながら二階奥の部屋を覗き込む。そこにはさっきと同じ和尚の恰好をした二人と、前に見た時にも居た男が知育玩具を使って静かに遊んでいた。まるで何かを学習しているかの様に。


『……これは一体どういう事かね』


『恐らく尊主の教えともう一つの実験が実った結果でしょう。あの祓い師は聖なる実を食しあの世と近づいたことで、新たな祓い師として誕生していると皆は認識しております。それが既成事実になった結果、あの祓い師とは別に誕生したようです。まだ不安定なため教育中となりますが』


(なるほど……概念が集まって悪霊が出来る仕組みを逆に利用した訳ね。存在しない概念を集めて新しい存在を作り出した。故に、姿かたちが全く同じ存在が同時に二人存在することになる。私とおじさんが探索している時に見た同じ存在はこれが原因ね)


「でも……そんなこと……」


「だから、僕は地下室に隠れた」


 少女の背後から声が聞こえた。弱弱しい男の声。少女が振り返ると、そこには自信が無さそうにあの男の幽霊が佇んでいた。少女と晃光が地下室で見つけ、今少女の前で佇んでいる“彼”。今少女の背後の部屋で知育玩具を遊んでいる“彼”。奥の部屋で一人部屋の隅に体育座りをしている“彼”。全て同一人物のようにそっくりであった。


「アンタ、何者なのよ」


「名前は覚えてない。だって、僕に名前は無い。ただの……概念の集合体なんだから……」


「ここはアンタの“領域”ね?」


 男は少女の問いかけに頷く。


「……もう呑み込まれてしまったんだよ。こうなってしまっては、もう逃げられない」


 男は全てを投げ出したように言葉を漏らした。だが、少女は男に詰め寄る。


「全部吐きなさい。アンタ、あの廃墟で起こってることを知ってるんでしょ?」


「…………」


 男は重たい口を開いた。

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