3-11.かつての痕跡
幽霊の少女と晃光は足並みを合わせて廃墟の中を改めて調査し始める。幽霊の少女は晃光を注意深く観察しつつ、部屋の隅で丸まっている幽霊の男にも注意を払っていた。
廃墟の中の構造は変わらない。だが、ここは死後の世界だ。死後の世界とは“死んだ者達の記憶の集合体”で形成されている世界だ。つまり現実世界では見つからなかったものもこの世界では見つかる可能性がある。例えば、廃墟の地下にあったあの空間はどうなっているのだろうか。
幽霊の少女と晃光は同じ考えの元、廃墟の洗面所に向かう。そして床に敷かれた絨毯を晃光が退かすと、そこには現実世界と同様に床下へ続く扉が現れた。開けば、そこは地下へ続く梯子があるのみである。晃光はゆっくりと梯子を下りていく。幽霊の少女も下へ向かおうとするが……ふと背後を振り返る。
背後には先ほどまで通信機を持っていた屈強な幽霊がそこに立っていた。見る限り真っ黒な気は放っておらず、敵対している様子は無い。
「……何もやることが無いのなら、あそこで丸まってるあの幽霊を見張ってて頂戴」
幽霊の少女がそう言い放つと、屈強な幽霊はすっとその場から消え去り、部屋の隅で丸まっている男の幽霊の方でじっと佇んでいた。
「まぁ、便利なものね」
幽霊の少女は見張りを屈強な幽霊に任せて地下へと下りていく。下りた先。そこは現実世界と同様にただ扉が一つあるのみであった。少女と晃光は初めに訪れた時と同様に扉の左右に立ち、晃光がゆっくりと扉を開ける。
…………。
…………。
……中から物音はしない。中を覗き込んでみるが、やはり誰も居ない。あの黒い実のようなものが詰められた瓶も変わらず棚にびっしりと並べられていた。二人はゆっくりと部屋の中へと入るが、やはり変わったところは無い。
「さっき来た時と全く同じね。ということは……」
「この部屋は祓い師達が居た頃から何も変わっていないのだろう」
「じゃ、お互い当ては外れたわね。他の場所に行きましょ」
二人は部屋を出て梯子を上り洗面所に戻る。
「あと探索していない場所は……あの子達が調査していた二階ね」
少女と晃光は慎重に階段を上り二階へと向かう。二階へと上がった先で待ち構えていたのは三つの扉。右手に扉が二つ、奥に扉が一つ。二人は顔を見合わせると、まず右手の手前側の扉に向かった。先ほどと同様に扉の左右に立ち、晃光がゆっくりと扉を開く。
『ハァ……ハァ……ウゥゥゥ……』
何かの呼吸音が聞こえてくる。少女はそっと部屋の中を覗き込む。部屋の隅には男が一人で体育座りしているのみで、部屋は驚くほど殺風景だった。窓が一つとクローゼットが一つ。パッと想像する光景は――監禁。
『ウゥゥゥゥ……アァァァ……』
男は空に手を伸ばして何かを掴むような動きをしている。
『アァァ! アァァァァ!』
途端に男が何かに怯えるように萎縮してしまった。幽霊の少女は男をじっと観察する。その姿と表情には見覚えがあった。
「あの幽霊……」
「もうここには何もない。次の部屋に行くぞ」
晃光は扉をゆっくりと閉じて隣の部屋に向かう。二人は先ほどと同じように扉の左右に立ち、晃光がゆっくりと扉を開ける。
…………。
…………。
今度は何の音もしない。
幽霊の少女はそっと部屋の中を覗き込む。
「……何なのよ、これ……」
幽霊の少女はサッと目を逸らした。次に晃光が部屋の中を覗き込む。
「……なるほど」
部屋の中に広がっていた光景。それは床中びっしりと詰められた大量の死体……いや幽霊の身体から木が生えている異様な光景だった。生えた木には地下にあった瓶に詰められているモノと同じ実が生っていた。
晃光はそっと扉を閉める。
残るは奥に一つある扉。二人は扉の左右に立ち、晃光はドアノブに手を乗せる。そして扉を開こうとしたその瞬間、晃光はその手を止めた。
――カチャカチャ……。
何かプラスチックの小さなものをぶつけるような音。例えるなら――おもちゃで遊んでいるような音が扉の向こうから聞こえてきていた。晃光と少女は目配せをし、晃光がゆっくりと扉を開く。開かれた扉の向こうを少女が覗き込む。
「……!?」
そこにはさっき部屋の隅でうめき声を上げていた男と同じ男がおもちゃを使って遊んでいた。おもちゃは……いわゆる知育玩具のようなものであった。見たところ、男はこちらに気付いていない。というよりかは、見えていないようだ。
「一体、どういうことなのよ……あっちの部屋にも居たじゃない……幽霊であっても全く同じ見た目のヤツが二人も居るなんて……」
成人男性が子供のように興味津々で知育玩具を遊んでいる。その異様な状況を横目に二人は部屋を後にした。
――ザワザワ……カチャン……カタカタ……。
何やら一階の方が騒がしい。少女と晃光は顔を見合わせると晃光は左手の数珠を握りながら階段の方へと向かった。ゆっくりと階段を下りた先。パイプ椅子が壇上に向かって整列されたリビングに大勢の幽霊が集まっていた。幽霊たちはパイプ椅子に座り、何かをじっと聞いているようだった。
「こいつ等は一体何を聞いてるんだ?」
晃光は壇上の方へ向かう。晃光が壇上をよく観察すると、一枚の紙が落ちていた。
『我々が“悪しき概念”に立ち向かうためには、悪しき概念を知る必要がある。
彼らが住む世界、彼らの概念を知ることで、我々はその対抗手段を知ることが出来る。
まず、死者の世界とは彼らの記憶の集合体によって形成されている空間である。
つまり、我々がよく知る“領域”と呼ばれる空間の集合体が死後の世界なのだ。
我々はこの死後の世界を調査し、この世界から抜け出す方法を模索していた。
方法は簡単には見つからなかった。
大勢の同志が調査に向かったが帰ってくることは無かった。
だが、帰還した者の一人がその方法を見つけたのだ。
方法はただ一つ。
彼らの概念に打ち勝つほどの“生への渇望”である。
彼らの“死”という概念によって死後の世界が構成されているのであれば、
その概念を打ち破ることで現実へと帰還することが出来る。
つまり、我々が“悪しき概念”に立ち向かうためには
“生への渇望”を持つことが必要不可欠なのである。
ではこれよりその術式を伝授しよう』
「なるほど、これが脱出の方法だな」
晃光は紙に記載された術式をメモし、紙を元の場所に戻した。
「生への渇望……ね。分かりやすく考えれば、生きたいって思いと元の世界に帰りたいという思いを強くもった状態で、アンタのメモしたその術式を発動すればいいって訳ね。簡単じゃない」
『残念ながら、そうもいかなそうだ』
晃光と少女は声のした方へ振り向く。するとそこには霊体となって存在する真琴の姿があった。
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