3-10.ようこそ地の底へ

 ――数十分前。晃光と幽霊の少女、幽霊の男。


「何でここに居る……真琴まこと


 屈強そうな体格をしている幽霊が……いやほぼ怪人と呼べる幽霊が持っている発信器に向かって晃光はそう言い放った。


『あたしからすれば、何でこんな所に来たんだ? 何だけどねぇ』


「この場所のことを知ってるの?」


 幽霊の少女は発信器に問いかける。だが、発信器から聞こえてきたのは「はははは!」という大きな笑い声だった。


『お前は幽霊なのにそこが何処か分かってないんだね? そこに居るもう一人のヤツは知ってるんだろう?』


 屈強な幽霊は発信器を部屋の隅で座り込んでいる男の幽霊に向ける。男はガタガタと身体を震わせながらか細く答える。


「こ、ここは“死者の世界”だ。生きている人が居ちゃいけない場所だ……僕たちはアレが開いた門に吸い込まれたんだ……アレの餌になる為に……」


 「はぁ……」と少女は頭を抱えながら幽霊が蔓延る窓の外を眺める。


『それで、お前たちは何でこんな場所に来たんだ? かつての祓い師達の拠点なんかに』


「祓い師達の拠点!?」


 少女は驚いたように声を上げる。そして目を逸らす晃光の方を見つめて、睨みつけながら近づく。


「アンタ、知っててここに来た訳ね!? あの子たちを知ってて危険に巻き込んだ訳ね!?」


「……俺も“彼ら”のことを知り尽くしている訳じゃない。“彼ら”の成果がここまでのモノとは想像していなかった」


「だからって……もっと注意するなり周知するなり方法はあったでしょ……」


 少女は呆れたように晃光から離れて廃墟の出口へと向かい始める。


「早くあの子達と何とか合流しないと」


『残念だけど、それは難しいと思うぞ?』


 発信器からそんな女性の呑気な声が聞こえてくる。その声に少女は足を止め、屈強な幽霊の持つ発信器の方へ振り返る。


『あたしの方で一人は捕捉できたけど、他の人は一切見つけることが出来なかった。恐らくこの世界の深いところに呑み込まれてるんだろうね。だから、会いに行くよりも“待ち合わせ”した方が近いだろうね』


 屈強な幽霊は少女に近付く。


『ま、もう少し待ちな。そしたら次の作戦会議に移ろう』





 ――現在。


『さて、これで集まったね』


『お父さん!? 幽霊さん!? そっちに居るんですか!?』


 発信器の向こうから梢枝の声が聞こえてくる。その声を聞くなり幽霊の少女はホッと胸を撫でおろした。また、晃光の方もじっと窓の外を見つめていた目を閉じた。


「梢枝! そっちは無事なのね!? 今どこに居るの?」


『今は何と言うか……昔のわたしの家にいます』


「昔の家って……一体どうなってるのよ……」


『そ、それよりも! 沙奈枝さんはそっちに居ませんか?』


「沙奈枝!? あの子もここに来てるの!?」


『はい……あの廃墟で偶然会ったんですけど……わたしと加奈さんは見かけてなくて』


 幽霊の少女は辺りを見渡すが、やはりこの部屋に居るのは少女と晃光、部屋の隅にいる男と屈強な幽霊しか居ない。あの活発なイメージの沙奈枝はどこにも見当たらない。


「残念だけど、私達の方には居ないわ」


『そうですか……』


 しばらくの沈黙が続く。そして沈黙は真琴によって破られた。


『それじゃあ再開の挨拶は終わったね。時間が無いから本題に入ろう』


 今あたし等が居るこの場所は“死者の世界”。いわゆる“死後の世界”とか“あの世”と呼ばれている場所だ。お前達が出会ったあの化け物の正体が何なのかは分からないが、あの化け物のせいで“現実の概念”と“あの世の概念”が捻じ曲がって歪みが生じたんだ。その歪みにお前達は巻き込まれた訳だ。


 それで、ここから出る方法だが……お前達の頭上、つまり空に一番星が輝いてるだろう? あれはただの星じゃない。あれがお前達が入ってきたゲートだ。


『それじゃあ、あの星に行けば……!』


『ご明察。現実世界に帰ることが出来る』


「でもあんな高いところ、どうやって行けって言うのよ」


『それは……』


 屈強な幽霊は少女たちの方をじっと見つめる。そこから何かを察したように幽霊の少女は頭を抱える。


「私達の方でこの廃墟の中から探せって訳ね」


『通信はこれで終わり。あたしの力も無限じゃないからね。あと最後に一つ。ここでは自分がここに居ることを強く意識するんだ。でないとこの世界に呑み込まれることになる。覚悟しな。ここは今までとは違う』


『幽霊さん、わたし達も色々こっちで探してみます』


「……分かったわ。けど、絶対に無茶はしないように!」


『分かりました』


 その言葉を最後にプツッと通信が途切れた。


「さ、ここから出る方法を探すぞ」


「這ってでも出てやるわよ」


 幽霊の少女はそう冷たく返した。





 ――現実世界。廃墟のリビング。


 長い金髪を後ろで結んでぴちっとした黒いスーツに身を包んだ、サングラスを掛けた女性がパイプ椅子に足を組んで座っていた。女性が見つめる先はリビングの壇上になっている場所に開いた空間。空間の先はいわゆる“あの世”だろう。


 女性は腕を上に伸ばして椅子から立ち上がる。


「さて、あたしも仕事をするとしよう。こんな巨大な化け物。一体“誰の死”に釣られて来たんだろうねぇ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る