3-8.再び訪れる領域
「何でまたここに」
私が目を覚ました時、そこはあの廃墟ではありませんでした。周りに居たはずの沙奈枝ちゃんと梢枝ちゃんはどこにも居なくて、居るのは私だけ。一緒に廃墟に来ていたはずの晃光さんと幽霊さんも見当たりません。
そして何より、私が今居る場所。木造建築の学校で廊下の窓からは月明かりが白く差し込む空間。仄かに木の匂いが香る学校。私がよく知っている“あの学校”でした。
私は試しに廊下を歩いてとある教室に向かいます。私が生きていた頃に授業を受けていたあの教室。慣れた足取りで向かいガラガラと扉を開きます。少しまばらに整理された机、まだ跡が残っている黒板。そして、私の机。
ここは間違いなく当時生きていた頃に通っていた学校です。
「あの廃墟に居たのに……何で……」
私は落ち着いて経緯を思い出してみます。
あの廃墟に私と梢枝ちゃん、晃光さんと幽霊さんで調査にまず向かいました。そして向かった先で沙奈枝さんと偶然再会し、会話を交わしていたところに突如として地震が発生しました。地震が収まると大量の幽霊が襲ってきて、私と梢枝ちゃんは必死に抵抗しました。けれど、あの“大きな怪物”が現れて吠えた瞬間に私の身体が動かなくなってそのまま――そのまま――。
――思い出せません。
そもそも、あの“大きな怪物”は一体何なのでしょうか。
『補修の時間だぞ……』
「っえ!?」
私は背後から聞こえた忌まわしい声に振り返ります。
『この間ぶりだなぁ……加奈』
眼鏡を掛けて茶色いスーツを着た年老いた教員。私を殺した、あの教員。けれど姿は現実世界での年老いた姿にそっくりです。もしここが私の記憶から作られている領域なのだとすれば、この年老いた姿で出てくるとは考えにくいです。
「何で……どうして、先生が……」
『お前に殺された俺がここに居るのに、なんでお前は生きようとしているんだ?』
私に殺された? それはあの学校での最後の瞬間のこと?
この教員は自分の保身の為に私の心臓を止めて怪異を終わらせようとしていた。だから心臓を止めようとした瞬間に、地の底から真っ黒な気の触手に引っ張られてそのまま姿を消した。
この教員が言っているのはその瞬間のことでしょうか? であれば、あの瞬間を知っている私と梢枝ちゃん、沙奈枝ちゃんと幽霊さんの誰かの記憶なのでしょうか? それとも、この教員自身の記憶?
『何を考えてるんだ? あぁ、お前は昔から身の程を弁えず多くを要求したなぁ。常に別の事を考えて、俺の命令に従おうとしなかった……俺があんなにも救ってやったというのになぁ……』
とにかく、今はここが誰の領域であるかは関係ありません。ここから脱出して梢枝ちゃんと沙奈枝ちゃん、晃光さんと幽霊さんを見つけないといけません。ここの事を考えるのはその後です。
『おい、聞いてるのかぁ!?』
教員は私の腕を掴んで私の顔を目と鼻の先で睨みつけてきます。
『死人が生者の世界で生きれると思うなよ?』
「残念ですが、私はまだ生きさせてもらいます。死人として」
私はあの憎しみに満ちた眼鏡を思いっ切り力を込めて殴り飛ばしました。すると私が思っていたより教員の身体は遠くに吹き飛んでいきました。
以前幽霊さんが言っていました。死者は基本的に弱い概念……いわゆる弱い気しか持っていません。だからそれを超える位の強い意志を持って攻撃すれば、その概念がそのまま力になるって。梢枝ちゃんは私達を守れるように訓練をしていましたが、私も幽霊さんに色々と教えてもらっていました。
まぁ……あのマニュアルは役に立つものと全く意味の分からないものもありますが……あれ、実は幽霊さんが自分で書いたマニュアルだったりしないでしょうか。
『ウ……ウウゥゥゥゥゥ……』
遠くの方であの教員が悪霊らしいうめき声を上げています。ようやく本性を現した。そう思っていた矢先でした。
『ウ……ウァ……ヴァァァァァァ!! ゴ……ゴボォォ!』
何かを……吐き出してる?
私はゆっくりと苦しむ教員の方へと近づきます。
『ヴェ! ウボォォォ!』
「……え……」
教員の口から太い木が生え始め、目や耳からはボトボトと真っ黒な気を纏わせた黒くて丸い実のようなものが落ちてきています。口から生えてきた木の先にも同じ実がなり始めています。
『ウェェェ! ヴェェェェ!』
教員が助けを求めるようにこっちに手を伸ばしてきます。私はその異様な光景からゆっくりと遠ざかります。その瞬間でした。
――ドカァァァン!
学校の壁が何かに破壊されて煙が立ち込めます。私はその衝撃でその場に倒れ込みます。
――クチャ……クチャ……。
煙の向こうからはそんな音が聞こえます。まるで、何かを咀嚼するような音。煙は徐々に晴れていきその正体が明らかになっていきます。真っ黒で禍々しい気を放つ存在。ブヨブヨとしていてまるで肉の塊のように丸くて大きい。口は大きく開かれ、とげとげとした歯がまばらに生えている、まさに怪物と呼べる存在。
そう、あの廃墟で私達が見たあの怪物。
ソレが今私の目の前で木になった教員を食べていました。
私はゆっくりと怪物から遠ざかります。
――ギィィィ……。
床の木が軋む音。その音に怪物はドンと大きな音を立てて私の方に大きな口を向けます。
私は全力で走り始めます。後ろからはドンドンドン!と大きな音を立てながら怪物がその見た目からは想像できない速さで追いかけてきます。私は足止めをするために後ろに結界を張って廊下の奥へ逃げていきます。ですが――。
――バリン!
結界は張ると同時に壊されてしまいます。それどころか、怪物は大きな口で学校の壁ごと破壊しながら私を食べようと口をバクバクとさせています。
階段を駆け下りれば、怪物は踊り場の壁を破壊しながら転がるように降りてきます。どれだけ結界を張っても破られてしまうので、力を使うだけこっちが不利になるだけです。
『こっちに来な!』
どこからか聞こえた少し太い女性の声。その瞬間、廊下の奥の方に何かのゲートのようなものが現れました。アレが何なのかは分かりませんが、今はそれを考えている時間もありません。
私はさらに足を速めてもはや飛んでいるような状態になります。後ろから聞こえるバクバク音とドンドンと転がる音が近づいてきます。
『ほら、急ぐんだよ!』
ゲートは目の前です。けれど、後ろから近づく怪物も目と鼻の先です。私は意を決してゲートの向こうへ飛び込みます。身体はゲートに吸い込まれ、そのままポンと私の背後で消えてしまいました。
『何とか間に合ったみたいだね』
どこからか聞こえる声。けれどその姿は見えません。私は周囲を見渡します。そこは学校ではありません。学校ではありませんが……“現実世界”でもありません。
一見すれば普通の町並みでしょう。ですが、そこには大勢の幽霊たちが生者のようにうろついていました。生者は一人も居ません。上を見上げれば夜ですが月はありません。ただ一番星が眩しく輝いているだけです。
「ここは誰の領域なのでしょう……これだけの町並み、一人では……」
『ふ~ん、中々良い線だけど、残念ながらお前が思っているほど単純な空間じゃない。一人で作られた領域ではこれほどの規模の空間は作り出せない。大勢の記憶が無ければ作り出せない概念の空間』
「大勢の記憶……概念の空間……それってもしかして……!」
『ま、そんなことはどうでもいい。お前のパートナーの祓い師を早く見つけた方が良い。あの子はお前ほど自力で乗り越えられるような子じゃない』
「梢枝ちゃん! でも、どこに行けば……」
『感じるんだ。お前とあの子の間にはもう簡単には切れない縁があるはずだ。それを追え』
声も気配も、その言葉を残してパッと消えてしまいました。声の正体も気になるところですが、今はそれよりも梢枝ちゃんです。私は梢枝ちゃんの事を想いながら目をギュッと瞑ります。
…………。
…………。
「…………見つけた」
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