3-3.思わぬ再会
わたし達は温泉宿から出て、お父さんの車に乗り込みます。山を下って住宅街に入り、その住宅街も越えて町外れにある森の中へと入っていきます。森は薄暗く、まだ太陽は昇っているというのに、木漏れ日すら届かない薄暗さです。車道以外は先が見えず、まるで別の空間のようです。
「……おっと、ここまでみたいだな」
お父さんは車を止めます。どうやら先が倒れてしまった木で塞がれてしまっているようです。わたし達は車から降りて倒れた木を潜り抜けて、森のさらに奥深くまで進んでいきます。いわゆる獣道と言われるような道をわたし達はひたすらに進んでいきます。
「ほんとにこの先にさっきの家があるんですか?」
わたしは思わずお父さんにそう聞いてしまいます。
「大丈夫だ、間違いない。事前にさらっと外観は見てきたからな」
みんなが不安そうにしながら進んでいくと、少し開けた場所が見えてきました。
「あれが、例の場所ね」
2階建ての普通の一軒家っぽい建物。見た感じは草木に覆われていかにも廃墟という雰囲気ですが、窓ガラスが割れているとかそういった荒れ果てた様子はないあの廃墟。動画で見たあの廃墟がわたし達の目の前に佇んでいました。
「こ、これはどういうことですか……」
「えぇ。ちょっと、あまりにも多すぎない?」
加奈さんと幽霊さんはそうぼやきます。それはそうです。だってわたし達の目の前にあるこの廃墟には――。
――大量に幽霊さんが集まっているのですから。
普通の日常生活の中でも“彼ら”は居るものです。お父さんいわく、成仏してあの世に行くことのできなかった力の無い幽霊さんのようなのですが、今回はそれがあまりにも多すぎます。以前沙奈枝ちゃんの件で向かった中学校にも“彼ら”は居ましたが、今回はこんなただの一軒家に数十……ざっと数えても三十近くの“彼ら”が集まっているのです。
「どうしてこんなに集まっているのでしょう」
わたしはお父さんに質問します。
「何かがアイツらを呼んでるんだろう。アイツらは“死”という概念に惹かれて集まる。そこに生者が居れば簡単に引きずり込めるからな」
「であれば、“死”に関係する何かが彼らを惹きつけているということでしょうか」
「あぁ、だろうな。用心するんだぞ」
お父さんとわたしは持ってきた数珠をぎゅっと握りしめます。彼らと対峙する覚悟は出来ています。ですが、やっぱりこんなに大勢集まっている所に入るのは気が引けてしまいます。身体は前に進もうとしても、足が動かないのです。
――ぎゅ。
加奈さんがわたしの手を掴みます。
「梢枝ちゃん、私から離れないようにね」
「……加奈さんは、怖くないんですか?」
わたしの問いかけに加奈さんは苦笑いします。
「私も怖いけど、私が怖がってたら梢枝ちゃんを守れないでしょう? それに――」
加奈さんは手をつないでない方の手を胸の方に持ってきてポンと叩きます。
「私だって一応幽霊だしね。梢枝ちゃんに助けてもらって、居場所をくれた恩を返さなきゃ」
「……よろしくお願いします」
「うん! よろしくね」
加奈さんはニコッと微笑んで、わたし達は改めて例の廃墟と向き合います。
「よし。それじゃ、中に入るぞ」
お父さんと幽霊さんが先導して廃墟の扉を開きます。廃墟の中は動画で見たものと同じ状態でした。埃はかぶっていても、荒らされた痕跡や落書きとかは見当たらず、家具とかもそのままで掃除すれば普通に住めそうな廃墟です。ですが動画と違うのは、窓ガラスが“彼ら”に覆われて光が通らないことでしょうか。勿論、廃墟の外だけではなくて家の中にも居るのですが。
「ほんとにとんでもない量ね。一体何がどうなってるのよ」
幽霊さんは困ったように声を上げます。お父さんはというと、黙々とあちこちの部屋を見て回っているようです。
「わたし達はあっちのリビングっぽい場所を見てみましょうか」
わたしと加奈さんは廃墟の中でも少し開けた、いわゆるリビングのような場所に向かいます。そこには食事を並べるテーブルなどはなく、ただパイプ椅子が一か所の壁に向かって綺麗に並べられているだけでした。パイプ椅子が向いている壁の方には小さな壇上のようなものがあり、何だかその光景は少し異様でした。
「梢枝ちゃん、これって……」
加奈さんが何かを見つけたようにわたしに声をかけてきました。わたしが加奈さんの方へと向かうと、そこには色んな紙が貼られたいわゆる掲示板が壁に掛けられていました。そして、それは間違いなくさっき動画で映っていたあの掲示板です。となれば、無意識的に“あの紙”を探してしまうものです。そして、わたしと加奈さんはそれを見つけました。
『0130/1300 投与:変化なし
0205/1205 投与:変化なし
0210/1603 投与:時々虚空を見つめる
0215/1610 投与:時々虚空に手を伸ばす
0220/1558 投与:何かに怯えるように逃げる』
無機質に記載された紙。それはまるで何かの実験レポートのようです。そして動画には映っていませんでしたが、記載には続きがありました。
『0225/1638 投与量増加:時々消失
0301/1629 投与量増加:時々肉体の変質が見受けられる
0305/1602 投与不可
0310/1823 投与:他の概念を連れている
0315/1956 投与:概念へ変質。周囲に変化有
これ以上の実験の継続は危険と判断し、処置を施す』
それ以上の記載はありませんでした。一体ここで何をしていたのでしょうか。紙に書かれていたことを頭の中で想像しながら反芻しますが、どう想像しても良い感じはしません。
――ガタン。
「い、今の物音は?」
わたしと加奈さんはお互いの顔を見比べます。どうやら音は二階から聞こえたようです。わたしと加奈さんはリビングのすぐ横にある階段をじっと見つめます。今の音であればお父さんと幽霊さんにも聞こえたはずです。豪邸のような広さのある廃墟ではないので、物音に向かって動き始めれば分かるものです。ですが、少し待ってみてもお父さんと幽霊さんが対応する様子はありません。それどころか、お父さんと幽霊さんは見当たりません。
「加奈さん、行ってみましょう」
わたしは意を決して動き出します。加奈さんと手をつなぎ、一歩ずつ階段を上っていきます。
――トン……トン……トン……。
階段を上る音だけが廃墟の中に響き渡ります。二階に辿り着くとまず廊下が広がっていました。右手に扉が二つ、奥に扉が一つ。どうやら二階は三部屋になっているようです。わたしと加奈さんはまずすぐ右手にある扉を開きます。
「な、なにこれ」
加奈さんは思わず声を漏らします。その部屋には何もないのです。一階には家具があってまだ人が居たという生活感があるのですが、この部屋には全く何もありませんでした。ただ窓が一つあり、クローゼットが一つある以外に何もないのです。
何となく気持ちが悪くなったわたし達は急いで扉を閉めます。次にその隣にある部屋の扉を開きます。扉の先に広がっていた光景は――丸くて黒い、一見すると何かの実のようなものが大量に転がっている部屋でした。一歩足を踏み入れれば、それらを踏みつぶしてしまいそうなほどに、それは転がっていました。
「梢枝ちゃん……多分それ、良くないものな気がする……」
「はい。わたしもそう思います……」
わたしはそっと扉を閉めて、次の部屋に向かいます。どの部屋も異様でしたが、ガタンという音が鳴りそうなものはありませんでした。となれば、奥の部屋にあるナニカが鳴ったと考えるのが自然でしょう。わたしはドアノブに手をかけ、ゴクリと固唾を呑みます。
――ギィィィィィ。
ゆっくりと扉が開かれます。扉の向こうに広がっていた光景は――。
「ギヤァァァァァァ! やめてぇ! 襲わないでぇ!」
女の人の必死な叫び声が部屋中に響き渡ります。わたしは思わずキョトンとしてしまいました。なぜなら、その声には聞き覚えがあったからです。
「さ、沙奈枝さん!?」
「こ、梢枝ちゃん!?」
スマホを盾にするようにして部屋の隅でガタガタと震えていたのは沙奈枝さんでした。黒いズボンによれよれのTシャツ、茶髪でショートヘアの沙奈枝さんが、ポカーン( ゚д゚)とした顔でそこに居ました。
「な、何で梢枝ちゃんがここに!?」
「さ、沙奈枝さんこそなんでこんな場所に居るんですか!? ここは危ないんですよ?」
「え、そうなの……?」
あまりの急展開に頭が追いつきません。何で沙奈枝さんはこんな所に居たのでしょう。そもそも何をしに来たのでしょうか。中学校の件でもそうでしたが、沙奈枝さんは肝試しとかを好んでする人ではありません。ましてや、一人でこんな場所に来るなんてもっと考えられません。
「あ、加奈ちゃん……加奈さん?も一緒なんだ」
「加奈ちゃんでも加奈でも大丈夫ですよ。この間ぶりです、沙奈枝さん」
沙奈枝さんと加奈さんは挨拶を交わしていました。さっきまで緊張感が凄かった空間が一気にほどけてしまい肩の力が抜けてしまいます。それはそうと、この部屋はまるで子供部屋のようです。部屋の真ん中に小さな子供用のテーブルがあり、小さい子が遊ぶようなパズルのおもちゃが置いてあります。周囲にもいわゆる知育玩具と呼ばれるものが埃をかぶって散らばっています。
「もしかしてですが、さっきの物音は……」
「あぁ~なんか下の方で玄関が開くような音がしたからさ、やば~って思ってじっとしてたんだけど~ゴトッて棚にあったおもちゃを落としちゃってね。それで足音がどんどんこっちに近付いてくるもんだから、めっちゃ怖かった! あぁ~アタシはここでお終いなんだぁ~って」
沙奈枝さんはその時の状況を臨場感たっぷりに体全身を使って説明してくれました。はい……いつも通りの沙奈枝さんです。怪異でもなんでもなく、いつも通りの沙奈枝さんがそこに居ました。
「とりあえず、ここは危ないのでわたし達と一緒に……」
そこで思わず言葉を止めてしまいました。何となく身体が揺れているような感覚がして、まるで――。
「じ、地震!?」
沙奈枝さんがそういった瞬間から、揺れは大きくなっていきます。立っていることもままならない程に揺れは大きくなっていき、それに伴って外に居た“彼ら”や家の中で漂っていた“彼ら”の動きが何やら激しくなっていきます。まるで、何かに気付いたかのように。
「ちょっとこれなにぃ~」
「梢枝ちゃん、気を付けて」
わたしは数珠をぎゅっと握りしめます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます