3-2.誰も知らない廃墟

「ふぃ〜極楽〜」


 わたし達は一旦書類を休憩スペースに持ち込み、休憩スペースに集まっていました。お父さんは冷蔵庫で冷やしていた炭酸水を飲み、マッサージチェアに座ってガタガタとマッサージを受けているようです。


「それで、これは一体何なのよ」


 いろんな書類に目を通しながら幽霊さんが質問します。わたしも床に置かれた書類に目を通してみます。いわゆる不動産関係?でしょうか。住所が書かれていたり、その場所を誰が所有しているのか、これまで誰が住んでいたのかとか。


「お父さん、この場所は何なんですか?」


「色々書いてあるだろ? あたかも誰かが住んでいて、そこに建物があるみたいに」


「はい……建築をどこの会社が担当したのかとか、誰が所有者なのかとか全部書いてありますが……」


「それ、誰も身に覚えがないんだよ」


「「え?(は?)」」


 わたしと幽霊さんは同時に声を発してお父さんの方を見つめました。


「そこに書いてある人や会社に行って聞き込みをしに行ってたんだよ。だが、誰も身に覚えがなかった。つまり、誰も知らないのに知っているように作られた場所なんだよ」


「そ、そんな場所存在するんですか?」


 お父さんはマッサージチェアに座りながらスマホを取り出して何かを調べ始めました。少しすると「お、あったあった」と言ってわたし達の方にスマホを差し出してきました。わたしはお父さんからスマホを受け取り、幽霊さんと加奈さんの三人でスマホの画面を覗き込みます。





 画面に映っていたのは……動画投稿サイトに投稿されたある一本の動画でした。タイトルは……“恐怖!突撃!正体不明の廃墟!”……なんとも、ちょっと古めかしさを感じるようなタイトルです。わたしは再生ボタンをタップして動画を再生します。


『皆さんこんばんわ!今晩も恐怖のお時間がやってまいりました』


 そんな男性のカメラマンさんの声と一緒に動画は開始されます。


『今回我々が突撃する心霊スポットは……こちらになります』


 カメラが移動すると、どこかの森の奥にひっそりと佇んでいる2階建ての普通の一軒家っぽい建物が映し出されました。見た感じは草木に覆われて何とも嫌な雰囲気を漂わせていますが、例えば窓ガラスが割れているとかそういった荒れ果てた様子はありません。


『っえ、この一軒家に行くの?』


 恐らくこの動画でメインとなっている人でしょうか。どこにでも居るようなサラリーマンのような男性が例の一軒家をチラチラと見ながらカメラマンさんに質問します。


『実はですね、この廃墟となった一軒家には不思議な話がございます』


 動画の画面内にテロップが表示され、一緒にカメラマンさんとサラリーマンさんとは別の人が話し始めます。


『こちらの廃墟となった一軒家に肝試しに来ると、どこからか生活音のような音がする、地面が揺れるような感覚がする、男性とも女性とも区別が出来ない姿を見かける、などの怪現象が起こると言われております』


『ここまで聞くと、よくある心霊スポットの噂みたいな感じなんですが、今回撮影にあたって撮影の許可を所有者の方に取ろうと思ったんですね』


 『うん』と不安そうなサラリーマンさんの顔がアップに映し出されます。


『所有者の方――連絡がつかないんです』


『え?』


『それどころか、誰もこの廃墟が建てられた背景とか詳細を知らないんです』


『え、マジ?』


『なので今回警察の方や地区の方に事前に許可を頂いて撮影しております』


 サラリーマンさんの顔が物凄く嫌そうな顔になっていきます。


『我々、今回この廃墟の真相に迫れたらいいなということで、これからこちらの廃墟に突撃していきたいと思います……!』


『めっちゃ行きたくない』


 動画は進行していきます。サラリーマンさん、カメラマンさん、さっきこの建物の噂話を読み上げていたスタッフ?の人の三人で廃墟の中に入っていきます。やっぱり廃墟の中は埃とかはあれど、掃除すれば住めそうな感じがあります。


『え、何か掃除したら人が住めそうなくらい綺麗なんだけど』


 サラリーマンさんがコメントします。


『ほら、落書きとかもないし、家具とかもそのまま残ってて』


『でも、こちら誰も詳細を知らない廃墟とのことなのでいつ誰が住んでいたのか全く分からないんですよね』


 カメラマンさんとサラリーマンさんが会話します。ふと、スタッフの男性が何かに気付いたように声を上げます。


『これさ……え、待ってめっちゃ怖い。え、なにこれ』


 カメラにソレが映し出されます。いわゆるカレンダーとか町のお知らせとかそういったものが張られているちょっとした掲示板みたいなのですが、その中に一つだけ異様なものが混ざり込んでいました。


『0130/1300 投与:変化なし

 0205/1205 投与:変化なし

 0210/1603 投与:時々虚空を見つめる

 0215/1610 投与:時々虚空に手を伸ばす

 0220/1558 投与:何かに怯えるように逃げる』


 無機質に書かれた書類。それは日常に溶け込むにはあまりにも異質で、何か嫌な想像をしてしまうような内容でした。動画の人達もあまりの異様さに言葉を失っている様子です。


 ――ギィィィィィ……。


 それはゆっくりと扉が開くような音でした。誰も住んでいない廃墟では聞こえるはずの無い音。その音に動画の人達も一切の動きが止まって、ゆっくりと上の方を見上げます。


『え、誰も居ないよね?』


 サラリーマンさんの人がカメラマンさんに話しかけます。


『いや、居ないはずです』


 ――トン、トン、トン。


 誰かの歩く音。その音に動画の現場が凍り付きます。


 …………。


 静寂が続きます。

 静寂を始めに破ったのはカメラマンさんでした。


『ちょ、ちょっと一回出ましょうか』


『いや、ほんと危ないかもしれないからさ』


『え、あれ何ですか?』


 スタッフの人が家の窓を指差して問いかけます。カメラが窓の方をアップするように画面が動きます。そこには――。


『え、人?っぽくないですか?』


 男性……いえ、女性にも見えるような人影がゆらゆらと揺れて窓の外に立っていました。カメラは暗視モードにしてズームしますが、やっぱりその姿はしっかりと判別することができません。


『ちょ、ちょっと声かけてみますか?』


『いやいいって……とりあえず一回出よ』


 サラリーマンさんとカメラマンさんは会話して、そそくさと逃げるように廃墟から出ていきました。それから流れるようにエンディングトークが始まり動画は終了しました。





「ま、見ての通りって感じだ」


「気持ち悪い……というか、滅茶苦茶に怖い動画ですね……」


 お父さんの言葉に加奈さんが返します。加奈さんの言う通り、空気感と言いますか全体的な雰囲気が恐ろしく、とっても怖い動画でした。


「それで、この動画の場所がさっきの話にあった詳細不明の廃墟って訳ね」


「その通り。誰もその廃墟の詳細を知らない。だが、建物は現実に存在する。そして、そこには確実に怪異が存在する」


「まったく……とんでもないものを持ってきたわね」


 幽霊さんは「やれやれ」というような表情でフワフワと浮いています。対して加奈さんはと言うと、とっても嫌そうな表情でわたしの隣で座り込んでいます。


「今回は私とおじさんで行くの?」


「いや、今回は全員で行くぞ?」


 さらっと放たれた言葉に加奈さんはさらに嫌そうな顔をして、同時に落ち込んだようにガックリとしていました。


「加奈は梢枝と一緒に行動するんだ。俺はコイツと行動する。これも修行の一つだ。俺たちのような祓い師は“幽霊”と行動を共にして、二人の力で怪異を祓うんだ。だから、祓い師が危険な時はパートナーの幽霊がサポートする必要がある」


「……わかりました。私も梢枝ちゃんに助けてもらった身です。恩を返すという意味でも梢枝ちゃんをサポートして見せます」


 加奈さんはさっきまでとは異なって、目に力が宿っています。


「よし! それじゃあ行くか! 見ての通り、今回の怪異は少々手強いものになるかもしれん。今回は注意して向かうように」

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