3人目 ―地の底から這い上がるモノ達―

3-1.賑わう温泉宿

「なるほど、幽霊の写真の撮られ方というものがあるんですね……」


「そうよ、でも結構難しくてね……バッと写ったり、なんかボヤボヤ〜ッと写るのも駄目で、ハッキリと写りつつコソッと写り込むのがコツなのよ」


 加奈さんと幽霊さんは何だか真面目そうに透明な本を読んでいるようでした。加奈さんはともかく、幽霊さんが真面目そうに本を読んでいるのは珍しく感じます。あまりそういうのを好んで読みそうな人?には見えませんので。


「最近は動画映りの方法もいろいろあるんだけど……っあ、ほらこの“肝試しに来た生者へのもてなし方”とか」


「……参考になります」


 わたしは二人の側に近寄り二人が読んでいる本を覗き込みます。タイトルは……“幽霊になったあなたへ 〜入門編〜”……これって……。


「幽霊さんが前に言ってたマニュアルって、ほんとにあったんですね……」


「っえ、信じてなかったの?」


「いつもの幽霊ジョークかと思っていました」


 加奈さんの方を見ると熱心?にページを捲りながら興味深そうに本を読み込んでいることが分かります。加奈さんとあの中学校で初めて会った時は、まだ戸惑った様子で温泉宿をふわふわと漂っていましたが、少し時間が経っただけであっという間に温泉宿の一員になっていました。


「っあ、そうだ梢枝ちゃん」


 加奈さんがわたしの肩をぽんぽんと叩きます。


「この間教えてもらった“鬼殺しの剣”っていう漫画。あれってアニメがあるんだね! ねぇねぇ、あれっていつ続きが出るの?」


 加奈さんは割とアニメとか漫画が好きみたいで、この温泉宿に来てから数日で休憩スペースにあった漫画を全て読み切ってしまったようです。


 温泉宿には晃光さんのお陰で電気は通っていて、客室エリアにあるテレビが使えるのですが、そこで加奈さんはアニメを文字通り食い入るように見ていたようです。はい、文字通りテレビに頭を突っ込んで……。どうやら臨場感たっぷりで面白いらしいです。


「えっとぉ……鬼殺しの剣は近々映画で続きをやるみたいで……」


「よし、梢枝ちゃん! 観に行こ!(๑•̀ㅂ•́)و✧」


「は、はい」


 あれ、でも映画館を予約する時にはどうすればいいのでしょうか。二人で予約すると……受付の時に変な感じになってしまいますし。一人で予約したら……両隣の席に他の人が座った時に加奈さんが変な感じになってしまう気が……。


 ……あぁ〜加奈さんの目がとてもキラキラしています。絶対に予約しないといけませんね。後でお父さんに相談しましょう。


「ところで梢枝?」


 幽霊さんがタイミングを見計らってわたしに声をかけます。


「修行の進捗はどうなのよ?」


 幽霊さんが前のめりになってわたしに聞いてきます。わたしは両手を後ろに組んで空を仰ぎます。


「えぇと……そのぉ……」


「まったく……」


 幽霊さんは呆れたようにため息をつきます。


「あのロリコン……仕事モードになった途端に鬼になるんだから……」


 っあ、そっちなんですね。てっきりわたしが怒られるのかと思いました。


「中々難しくて……まだ思った通りに力を発揮できないんです」


 あの学校での怪異の話をしたら、お父さんはいつものだらけた表情から真面目な表情に変わって「それじゃ、特訓するか」って言い始めました。わたしもお父さんと幽霊さんに守られてばかりではいられません。少しでも役に立ちたかったのですが……。


「これじゃあ、お父さんと幽霊さんまでまだまだですね……」


 わたしがガックリしていると、ポンと幽霊さんの冷たい手がわたしの頭の上に乗っかりました。


「ま、そんなに焦らなくていいのよ。大丈夫、あのおじさんも祓い師のはぐれ者で未熟なんだから。キミなら、私達よりもっと強くなれるわよ」


 幽霊さんの顔を見上げると、ニコッと微笑んでいてとても温かみに満ちていました。


「……ありがとうございます」


 ――ガチャン。


「ただいまぁ〜」


 腑抜けた声が温泉宿に響き渡ります。お父さん――晃光さんが帰ってきたみたいです。温泉宿の入り口に行くと、お父さんが何かいろんな書類を抱えて……いえ、書類に埋もれて?帰ってきていました。


「ど、どうしたんですか? 持ちますね」


「ありがとな〜」


 いくつか書類を抱えると、お父さんは今にも倒れそうな情けない顔でそうお礼を言っていました。話は休憩スペースに書類を一旦持って行ってから考えるとしましょう。

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