2-14.怪異の終わり
「梢枝!!」
幽霊さんの声が響き渡ります。
加奈さんの彫刻刀がわたしの胸元まで迫った瞬間、わたしは必死に祈りました。幽霊さん、晃光さん、そして――。
『お前は……強い子だ梢枝。お前がもし窮地に陥ったら、お父さんが守ってやる……』
その瞬間でした。数珠が力強く輝き始め、わたしの身体を包み込み――光が風となって周囲に吹き渡りました。それはとっても温かい風。けれどその風は周囲に居た真っ黒い気の触手を一斉に消し去りました。
チャンスは今しかありません。
わたしは急いで加奈さんの心臓に駆け寄り、今もなお鼓動して真っ黒な気を放っています。わたしはその心臓を拾い上げます。力強く鼓動しているのに、冷たく冷え切った心臓。わたしはそれを抱き抱えて温めます。
「加奈さん。もう大丈夫です。わたしが、見つけましたから」
徐々に真っ黒な気が晴れていきます。そして、冷え切っていた心臓は徐々に熱さを取り戻していきます。わたしを襲おうとした加奈さんの幽霊からも徐々に真っ黒な気が晴れていきます。身体は黄色く温かい気に包まれて、あの時と同じ姿へと変わっていきます。
胸に刺さっていた彫刻刀は消え去り、憎しみに満ちていた表情は穏やかで可愛らしかったあの表情に。綺麗な黒い瞳はハイライトを失っても、純粋さが満ちていきます。
そうして周囲を包み込んでいた真っ黒な気は全て消え去っていきました。同時に、周囲の景色も変わっていきます。木造建築だった校舎はよくあるコンクリート造りの校舎に。真っ暗だった夜は晴れて日が落ちる夕暮れ時へと変わって……いえ、戻っていきます。
わたし達は怪異を祓い、元の世界に帰ってきたのです。
「これは、一体……」
背後で優しい声が戸惑ったように呟いています。わたしが背後を見ると、そこには生きていた時とそう変わらない加奈さんが居ました。勿論、足は透けていて幽霊さんと同じ状態なのですが。
わたしは加奈さんに駆け寄り、抱き着きます。
「良かった……」
「君は……梢枝……ちゃん?」
「はい!」
わたしは加奈さんの顔を見上げていっぱいの安堵と笑顔を見せました。
「まったく……無茶するんだから。でも……」
幽霊さんが疲れたような声でゆっくりと近寄り、わたしの頭にポンと手を乗せます。
「上出来よ、梢枝。よくやったわね」
わたしはその言葉で胸がいっぱいになって、思わず幽霊さんにも抱き着いてしまいました。
「良かったぁ~これで無事に帰れる~」
沙奈枝さんも腰が抜けたようにその場に座り込みます。
「でも、これから私はどうすれば……」
加奈さんは困ったようにそう呟きます。わたしは加奈さんの方を見て手を差し伸べます。
「帰るんです。わたし達と一緒に新しい家に。それで一緒に、温泉に入りましょう?」
加奈さんは戸惑いつつも、わたしの手を取りました。
全てが終わって安堵したその時、ばッと誰かがわたし達の方へ駆け寄り、わたしの手から加奈さんの心臓を奪い取りました。
それはさっきまで校舎の壁にもたれ掛かっていた先生でした。
「こ、この心臓を止めれば、私が悩まされることも無い!」
幽霊さんは冷たく軽蔑するような目つきで先生を見つめます。
「えぇ、そうでしょうね。だけど、罪を犯した生者がまともな結末を迎えられると思わないことね」
その瞬間、地面の底から真っ黒な気の触手がどこからともなく現れました。けれど、それはわたし達には一切興味を示さず、先生の方へ真っ先に向かっていきました。
「な、何なんだ! やめろ! 放せ!」
触手は先生の身体に巻き付き、ぎゅっと締め上げていきます。
「や、やめ……誰か……助け……!」
「さ、みんな、帰るわよ」
幽霊さんについていくように、わたしと沙奈枝さん、加奈さんは中庭を出て昇降口の方へと向かっていきます。
「助け……! むぐぅぅぅぅ! …………!!!」
後ろから聞こえるそんな声にもならない悲鳴をわたし達は無視して、学校から去っていきました。きっと、あの人は誰にも見つかることは無いのでしょう。まるで神隠しのように、この世から消えてしまったのですから。
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