2-15.ようこそ、温泉宿へ
私達はあの学校から抜け出して、沙奈枝ちゃんという子と別れて、町外れの山道を登っていきました。梢枝ちゃんは山道を登っている間、いろんな事を話してくれました。学校で起こっていたこと、どうしてあの学校に居たのか。これから行く温泉宿はどんなところなのか。
私の手を握るこの子の手はとっても温かくて、もうずっと感じてこなかった温かさでした。
そうして、私達は辿り着きました。山の奥深くにひっそりと佇んでいる温泉宿。もう既に明かりは点いていて誰かが居るのでしょう。
「お前ら! 随分遅かったな!」
温泉宿の入り口から男の人の声が聞こえます。それはとっても温かみに満ちた声。親が子供を出迎える時のような声でした。
「ごめんなさい、お父さん。今日色々あって遅れちゃったんです。後でいろんなお土産話をしますね」
「おう! それは楽しみだな」
そんな会話。私も両親としたことの無い会話。私はどこか居心地が悪くて入り口の前で立ち止まってしまいました。
「どうしたのよ?」
着物を着た綺麗で小さな幽霊が私の顔を覗き込みます。すると、この子はふっと笑って「居心地悪い?」と一言発しました。
「こんな光景が見れるなんて思ってなくて、幽霊の私にはちょっと場違い感があって居心地が悪いです……」
苦笑いで私はそう答えます。
「最初はそんなもんよね。ま、全部あのおじさんの距離感がバグってるせいだと思うけど」
少女の幽霊は奥で話している二人を見ながらそう言いました。けれどその後すぐに「でもね」と付け加えます。
「それが温かいのよ。幽霊になると身体だけじゃなくて心まで冷え切ってしまうじゃない? 寂しくて、苦しくて、とっても寒い。そんな感じ。それをここでは温めてくれるのよ。なんてったってここは――」
――温泉宿なんだから。
少女の幽霊は自慢するようにそう言いました。
「だから、まずは浸かっていかない? 温泉は心までほぐしてくれるのよ?」
「幽霊の居る温泉宿……幽霊さんの住む温泉宿、ですか」
「何それ! すごくいいネーミングね! いつか開業した時に使わせてもらうわ」
「まだ開業してなかったんですね」
私は思わずふっと笑ってしまいました。死んだとは思えないあまりにも温かい会話。これから私はその輪の中に混ざっていく。それも悪くないかもしれません。
「それじゃ早く行くわよ! 私も早く温泉に浸かりたいし。あ、あとこれ」
「……何ですか、これ?」
「幽霊になった時のマニュアルよ? 幽霊って結構不便だしルールがあるからマニュアルがあるのよ。ほら、写真写りの方法とかさ?」
「……参考にしておきます……」
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