2-12.今度はわたしが

「梢枝! ここに居たのね!」


 幽霊さんと沙奈枝さん、あと補修の眼鏡を掛けた先生が駆け寄ってきます。幽霊さん達はわたしの足元を見るなり、各々の反応を見せました。沙奈枝さんは気持ち悪そうに少し離れた所で吐いているようで、幽霊さんはじっと冷たい目で見つめていました。


 そして先生は眼鏡をくいっと左手で持ち上げます。その瞬間でした。先生の左手の腕に傷跡が見えたのです。まるで何かに切り裂かれたような傷跡が。


「……あなただったんですね」


 全員がわたしの方を見つめます。ですが、わたしは先生の目だけをじっと見つめます。


「あなたが、30年前にこの場所で加奈さんを殺した。そしてその死体をここに埋めたんですね」


「……な、何を言っている」


 先生は居心地が悪そうに周囲を見渡します。けれど、わたしはそんな先生だけをじっと見つめ返します。


「加奈さんを助けるふりをして、自分の欲の為だけに加奈さんを利用したんですね。そしてこの場所で殺して、冷たい土の底に追いやった」


「も、妄想も大概にしたまえ!!」


「その腕の傷が何よりの証拠です!」


 わたしは先生の腕を指さします。何かに切り裂かれたような傷跡。先生はとっさに左腕の傷跡を隠します。


「こ、この傷は家で料理中に傷つけたもので!」


「沙奈枝さん、この学校に30年以上いる先生は他に居ますか?」


 沙奈枝さんは空を見上げながら答えます。


「何人かいるけど、2~3人程度だよ」


「そんなもの、何の証拠にもならない!」


 幽霊さんが立ち上がります。立ち上がり、冷たい目で先生を見つめます。


「それじゃあ、この彫刻刀を警察に突き出しても問題ないわよね? この場所ごと調査してもらうことも可能よ? 実は知り合いにそういう伝手もあるのよね。それに、この彫刻刀にはしっかりとアンタの“概念”が混ざっているようだけど?」


「貴様ら……寄ってたかって私を……!」


 先生は頭を掻きむしります。


「あのガキを殺したのは30年前だ! 今更それが何になる! 幽霊だか何だか知らんが、ふざけるのも大概にしたまえ!」


 その瞬間でした。


 さっきまで少し収まっていた心臓を包み込む真っ黒い気が再び溢れ始めました。それはさっきよりも激しく、この中庭を包み込んでしまうほどに。真っ黒な気は触手のようになって先生の身体を縛り付けます。幽霊さんは急いで先生の方へ駆け寄り真っ黒な気を蹴り飛ばして先生を解放します。


「ひ、ひぃ……!」


 先生は腰が抜けたように校舎の壁にもたれ掛かります。


 心臓を包み込む気の中から現れた幽霊の加奈さん。それはさっきまでわたしと話していた時のような雰囲気ではなく、禍々しい雰囲気でした。


「全く……そろそろ終わらせるわよ。梢枝、沙奈枝、離れてなさい」


 沙奈枝さんは校舎の壁の方まで離れます。ですが、わたしは幽霊さんの隣に立ちます。


「梢枝、これはキミが思ってるよりも危険で」


「幽霊さん」


 わたしは左手に持った数珠を固く握りしめます。


「幽霊さん、今度はわたしがやってみます。もし幽霊さんみたいに違う形で生きることが出来るなら、わたしはその方法を試してみたいです。だって、加奈さんの心臓は――」


――生きたくて、まだ鼓動しているんです。


「……分かったわよ。そこまで言うなら全力で守るから、キミの力で何とかしてみなさい。いい? 絶対に無理はしないこと!」


「……はい!」


 幽霊さんは右手を顔の前に近付け何かを唱え始めます。その瞬間、わたしの周りに温かい気がまとわりつき始めました。わたしは真っ黒な気の触手を避けながら心臓の方に駆け寄ります。


 わたしに近付く触手は幽霊さんが見えない剣のようなもので切り裂いていきます。わたしも数珠をぎゅっと握りしめて幽霊さんとお父さんとの日常を思い浮かべます。それは温かい気になってわたしの前に現れます。現れた気は黄色に光って近付いてくる触手を払いのけます。


「加奈さん!」


 もう少しで心臓に近付ける。心臓から現れた加奈さんに近付ける。

 その瞬間でした。


 加奈さんは胸に突き刺さっていた彫刻刀を引き抜き、

 そのままわたしの方に向かって――。


「梢枝!!」


 幽霊さんの声が響き渡ります。

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