2-9.領域の正体

 わたし達はスマホのライトを頼りに廊下を進んでいきます。記憶の中であれば誰かと遭遇しても良いと思うのですが、ここには誰も居ません。廊下も、教室の中も、どこも静かで誰一人居ないみたいです。


「誰も居ないですね……」


「ホントにこんな所で何か見つかるの~?」


 幽霊さんは考え込むように周囲を見渡しています。わたしはふと気になり幽霊さんに尋ねてみます。


「そういえば、この間わたしが閉じ込められた時みたいに幽霊さんの力で現実に戻すことは出来ないんですか?」


「あれはそこまで強力じゃなかったから、第三者の力だけで消せたのよ。でも今回は噂としてかなり広まってしまってる。だから簡単には打ち消せないのよ」


 なるほど。誰かが眠っているだけだったら他人に起こしてもらえますが、全員が眠ってしまっていたら起こすことは難しい、そんな状況ということでしょう。全員の夢を覚ますには、全員を寝かせている張本人を見つけ出さないといけないようです。


「ねぇ、これって……」


 沙奈枝さんが教室に張られているカレンダーをスマホのライトで照らしています。わたし達はそれをじっくりと見つめてみます。


「1994年7月……30年前のカレンダーですね。これってつまり……」


「えぇ……30年前にこの学校に居た誰かの記憶ということね。であれば」


「人が居なくて夜なのも、その人の記憶通りなのかもしれませんね」


 この領域の怪異は、30年前のこの学校で亡くなっている。それは夜、誰も居ないはず校舎の中で起こった出来事のようです。そう、“誰も居ないはず”のこの場所で。つまりこの怪異が亡くなった瞬間で考えられるのは――。


「死因は自殺か他殺ね。ただ、夜の学校にわざわざ出向いて自殺は考えにくいわね。侵入の面でも難しいはず……であれば――」


『うぁぁぁぁぁぁ!!』


 その声は突如として響き渡りました。男性の叫び声。それは恐らく今日沙奈枝さんに補習を担当していた先生でしょう。沙奈枝さんから離れていたわたし達すらも呑み込んでしまった怪異です。学校全体を呑み込んで先生すらも巻き込まれてしまったと考えるのが普通でしょう。


「あのメガネの声だよ! アタシと同じように怪異に襲われてるのかも!」


「行きましょう、幽霊さん!」




 わたし達は声が聞こえた方、沙奈枝さんの案内のもと職員室の方へ向かいます。そうして職員室に近付くほど、“例の音”が近づいてきました。


 ――ドク……ドク……。


「心臓の鼓動? 幽霊さん、これって……」


「えぇ、今度こそその姿が見えるかもしれないわね」


「マジで……? 勘弁してよぉ……」


 沙奈枝さんは明らかにぐったりとした雰囲気のまま声と音の方へと向かっていきます。そして職員室が目前となった時。


 ――ドク! ドク!


 噂にあった心臓の鼓動と思われる音はほぼ目の前から聞こえていました。


「先生!」


 沙奈枝さんが叫びます。眼鏡を掛けて茶色いスーツを着た年老いた先生。先生は職員室の扉にもたれ掛かっていました。そしてその先生の目の前には――真っ黒な気に覆われて姿も歪んでしまっているナニカ。ですがそれは沙奈枝さんの時と違って長い定規を持っているような様子はありませんでした。


 わたしは沙奈枝さんの手を取って左手を顔の前に持っていきます。お父さんから教わった守りの構え。わたしは必死に温かい光景を思い浮かべます。幽霊さんと温泉に浸かって楽しく笑いあっている光景を。


 その瞬間、わたしと沙奈枝さんの周りを温かい何かが包み込みました。


「梢枝ちゃん!? これは……?」


「幽霊さん、お願いします」


「……任せなさい!」


 幽霊さんはそう言うとパチンと両手を顔の前で合わせます。


「い、一体何が起きてるんだ! 早く助けてくれ!」


「まぁまぁ、慌てなくても祓うわよ」


 その瞬間、先生の前に立っていた怪異の周りに黄色の明るい壁のようなものが現れ怪異を閉じ込めました。そしてその下にはこの間お母さんの怪異を消した時と同じ紋章が現れます。


「全く人騒がせな怪異ね。さっさと居るべき場所に返りなさい!」


 怪異が自身を包み込む壁をバンバンと叩きます。姿はハッキリとは見えませんが、何となく激しい憎しみのような表情を感じます。幽霊さんは気にせず今度は両手を大きく広げて、力を込めるように徐々に両手を近づけていきます。すると怪異を包んでいた壁が徐々に小さくなっていきます。


「梢枝ちゃん、あれ」


 沙奈枝さんは暴れる怪異の方を指さします。わたしは改めて怪異の方を見ると、明らかな変化が起きていました。先ほどまで怪異を包んでいた真っ黒い気と歪んでいる姿。それらが徐々に晴れていきその姿を現していきます。


 チェック柄のスカート、沙奈枝さんのと少し似ているけれど少し違うセーラー服。三つ編みに結ばれて肩から垂れている茶髪。胸にはナイフのような、彫刻刀のようなものが突き刺さっている女子生徒。


「よし、このまま!」


 幽霊さんの両手があと少しでくっつくその時でした。


「……!」


 わたしと怪異の女子生徒の目が合ったのです。その瞬間、怪異は物凄い力で狭まった壁を押し広げていきます。それに伴い幽霊さんの両手が再び離れています。


「え! うそでしょ!」


 幽霊さんは再び力を込めて両手を合わせようとしますが、壁はどんどん押し広げられ幽霊さんの両手も離れていきます。そして――。


「梢枝!」


 幽霊さんの体勢は崩れ、怪異を包んでいた壁がガラスのように破壊されます。解放された怪異はそのまま物凄い勢いでわたしと沙奈枝さんの方へ近づいてきます。わたしは足にぐっと力を込めて踏ん張りますが、そんなことは関係なく――。


 ――パリン!


 わたしと沙奈枝さんを包んでいたものはあっけなく破壊されました。


 そして、わたしと怪異の顔が真正面で合わさった時。

 わたしはその声を聞きました。


「お願い、見つけて」


 わたしの意識はそこで途切れました。

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