2-8.怪異の領域
――とあるコンクリート造りのはずだった中学校。
わたしと幽霊さんは、わたしの友達である沙奈枝さんの補修の付き添いとして、彼女の中学校に向かいました。付き添いの理由はとある噂が流行っていたためです。
“補修をしていると、どこからか心臓の鼓動が聞こえるの”
一人で補修を受けていると発生する謎の怪異。それはよくある学校の怪談かと思っていたのですが、人より幽霊さんが見えて怪異にも触れたわたしは万が一を警戒して学校に向かいました。
そして、わたしと沙奈枝さんが離れた時。怪異は発生しました。
よくあるコンクリート造りであった中学校は古めかしい木造の校舎へと姿を変え、時刻はいつの間にか夜になっていました。
響き渡った沙奈枝さんの悲鳴。わたしと幽霊さんは沙奈枝さんの元に駆けつけ、沙奈枝さんを襲おうとしていた“ナニカ”を幽霊さんが祓いました。けれどそれは、元々聞いていた怪異とは全く異なるものだったのです。
「聞いてた話と違うじゃない。一体何が起きてるっていうのよ」
幽霊さんは手をパッパと払いながらぼやきます。わたし達が聞いていた話では心臓の鼓動が聞こえて襲い掛かってくるというものです。ですが、沙奈枝さんを襲ったのはまるで先生のような“ナニカ”でした。
「でも、やっぱりここには何かが居るみたいですね」
「そうね。ま、ソイツの領域にも居ることだし、さっさと根源を見つけて祓っちゃいましょ」
幽霊さんはフワフワと浮きながら腰に両手を当てて「ふっ」と息をつきました。
「ちょ、ちょっと待ってくれない?」
沙奈枝さんが戸惑った声でわたし達を呼び止めます。
「祓い師やら怪異やらよく分かってないんだけど……ちょっと説明してくれます?」
わたしと幽霊さんは顔を見合わせます。幽霊さんは「やれやれ」という感じで沙奈枝さんにお辞儀をして自己紹介を始めました。
「私はキミ達の言葉で言う“悪霊”とかそういう悪い幽霊を祓う“祓い師”のサポートをしている幽霊よ。名前は……申し訳ないけど思い出せないのよ。なんかいい感じに呼んでくれて構わないわ」
「わたしは幽霊さんって呼んでいます」
沙奈枝さんは変わらずポカーン( ゚д゚)とした顔でわたし達を見つめて、そのまま頭を抱え始めました。
「えっとぉ……うん、分かった。アタシがこの状況を取り敢えず受け止めれないいんだね、うん。とりあえず悪い幽霊?じゃないんだよね?」
「ええ。少なくともキミを取って食ったりはしないわね」
幽霊さんは軽くそう返事を返します。沙奈枝さんは畏まったようにその返事に頷きます。
「そう……ですか」
「大丈夫です、沙奈枝さん。わたしもそんな感じでした」
「そう……なんだ。なんかその……凄いね」
普段は感情が目に見える沙奈枝さんですが、今の沙奈枝さんは見たことの無いくらい混乱の感情を露わにしていました。対して、幽霊さんは非常に冷静に周囲を見渡しています。昇降口の出口の方、扉に身体をめり込ませて外を覗いているようです。傍から見るととってもシュールというか、間抜けに見えなくも無いですが。
「ほぇ~なるほどね。それは扉が開かない訳ね」
「どういうことですか?」
「扉の先が無いのよ。この領域は学校の内部までしか作っていないみたいね」
幽霊さんは上半身を扉の向こうから戻してわたし達の方に戻ってきます。そのまま指先に青い炎を出して空中に絵を描き始めます。沢山の棒人間の頭からモヤモヤの雲が伸びて、そのモヤモヤが一か所に集まったところに火の玉が描かれます。
「一般的に怪異……いわゆる幽霊というのはかつてそこに存在したという誰かの“認識”が広がって出来上がった存在よ。キミ達の言葉で言う地縛霊がその場にしか留まれないのはそれが理由ね。んで……」
幽霊さんが描いた火の玉……つまり怪異の周りに円を幽霊さんは描き、その円は徐々に広がっていきます。
「誰かがその怪異を認知すればそれがやがて広がっていって、アイツらはその活動範囲を伸ばしていくのよ。そしてその活動範囲が私達の方まで広がった時」
火の玉から広がった円は周りに描かれていた棒人間すらも呑み込んでしまいました。
「アイツらは現実に現れて自身の領域に積極的に引きずり込んで呑み込む。初めは一人しか呑み込めず小さな怪異になって、それが伝播して大きな怪異になる。ま、都市伝説で有名な口裂け女とかが顕現するのと同じ原理ね」
「あれってホントに居たんだ……」
沙奈枝さんがボソッと呟きます。確かに、子供を驚かすくらいの噂話と思っていましたが、幽霊さんの話し方からして本当に居るようです。
「それで、領域ってのは……」
火の玉からモヤモヤした雲が描かれます。
「怪異の“記憶”から形作られているもの。つまり怪異の領域は基本的に怪異が初めて生まれた瞬間に関係する場所――死んだ瞬間に関係する場所なのよ。だからこの古びた校舎から出られないのは」
「怪異が外に出ることなく死んでしまったから、ということですよね?」
「えぇ、そういうこと。流石理解が早いわね梢枝。だからこの場所を探れば誰の記憶なのか、そしてどこに怪異の根源があるかが分かる。私達は根源を見つけ出さないと、この場所から出ることはできない」
その言葉を聞くと沙奈枝さんはぐったりしたようにうなだれていました。
「はぁ……早く家に帰りたい……」
「安心なさい。現実世界ではきっとそんなに時間は経っていないだろうから。ま、何かの悪い夢だと思って」
「そんな無茶なぁ~」
わたしはバッグから数珠を取り出します。お父さんに作って貰ったお守りになる数珠。これを左手に持ちながら木造の廊下の奥をスマホのライトで照らします。
「んじゃ、記憶の中で他に誰か居ないか探しましょ」
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