2-4.沙奈枝という人

「梢枝ちゃ〜ん! ごめんね〜ありがと〜!」


 茶髪で肩くらいまでのショートヘア、半袖のセーラー服を着てだらしのない顔をした沙奈枝さんは、まるで子供のようにわたしに飛び付いてきて半泣きの声でそう言いました。ふと視線を感じて幽霊さんの方を見ると――何とも言えない呆れた表情と言いますか、そんな感じの表情をしていました。


「一人の補修じゃなければ大丈夫なはずだから~きっと大丈夫だと思う! アタシ、ここで死んじゃうのか~って眠れなかったんだから~」


「眠れないのは今日の補修に響くのではないでしょうか……」


「そう! まさにその通りなんだよ~梢枝ちゃん! 今もすっごい眠い!」


「…………」


 沙奈枝さんはこんな人です。普段はパァ~ッと明るい笑顔で色々な話をしてきて楽しませてくれますし、悲しいこととかがあった時にはどんよ~りと効果音が付きそうな程に目に見えて落ち込む人です。こんなに感情を露わにしている人を初めて見たわたしは、きっと惹かれてしまったのだと思います。


 ふと、わたしは周囲を見渡します。


 学校であれど幽霊さんは沢山居るものです。沙奈枝さんみたいな制服を着た女子生徒や学ランを着た男子生徒。“彼ら”は何をするでもなく、ただあちこちをゆっくりと徘徊しているようです。恐らくですが、きっと“彼ら”はそこにしか存在できないから行く先が無いのでしょう。


「梢枝ちゃん? 何見てるの?」


「っあ、ううん何でも無いです」


「そっか、じゃあ行こ!」


 わたしと沙奈枝さんは教室に向かって歩き始めます。後ろから幽霊さんもついてきます。幽霊さんは何かを気にしてあちこち見渡しています。時々よそ見をして壁にぶつかりそうになってますが――すり抜けるので問題ないようです。幽霊さんって便利ですね。


『やっぱり、それらしい雰囲気を持ってるヤツは感じられないのよね……』


 幽霊さんはそんなことをぼやいています。


 わたし達はそうこうしている内に教室まで着きました。バッグを下ろしてわたしは夏休みの宿題を、沙奈枝さんは補修用の教科書とかプリントを取り出して準備していました。


「ところで、わたしが来ても大丈夫なのでしょうか。多分聞いても分からないので夏休みの宿題をしていようと思いますが……」


「梢枝ちゃんは偉いな~。大丈夫! アタシも聞いても分からないから!」


「はぁ……」


 沙奈枝さんは親指を立てて自信満々にサムズアップをして見せます。これは、怪談どうこう以前に今日の補修自体が無事に終わるかが不安です。


――ガラガラガラ。


 教室の扉が音を立てて開かれます。扉の向こうからは眼鏡を掛けて茶色のスーツを着た、いかにも気難しそうな年老いた先生が入ってきました。


「来たか、沙奈枝。今日から補修を始めて……誰なんだその子は」


 眼鏡をくいっと上にあげてギロっとした目つきでわたしを睨んでくる先生。何となくやっぱり居心地の悪さを感じてしまいます。


 ……そういえば、眼鏡を上げた時に腕の方に何か跡があったような。


「アタシの友達です、先生! 後の学校見学にもなりますし、怪談が怖いので一緒に来てもらいました!」


 沙奈枝さんはそんな調子で自信満々に答えています。先生は諦めたように「はぁ」とため息を一つついて黒板に向き合いました。


「それじゃ、補修を始めるぞ。教科書の110ページを開いて――」


 補修が始まりました。沙奈枝さんは真面目に教科書を開いてノートを取って――いる訳もなく、教科書を開いて速攻で眠りに落ちています。これは、今日の補修はダメかもしれないです。


「沙奈枝~」


 それは恐ろしく低く、地の底から響くような声でした。


「沙奈枝~!」


 それでも沙奈枝さんは起きません。わたしは急いで沙奈枝さんの身体をゆすって彼女を起こします。


「ん~なに~?」


 寝ぼけてだらしのない顔で沙奈枝さんは黒板の方を見つめます。黒板の方には鬼の形相をした先生が立っています。徐々に寝ぼけてだらしのなかった沙奈枝さんの顔が青ざめていきます。目が覚めてきた頃でしょうか。


「よく眠れたかな? 沙奈枝?」


「す、すみません! 起きてます! 起きてるのでどうぞ続けてください!」


 紆余曲折しながら補修は続いていきます。

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