2-2.温かい温泉宿
「ふぃ~極楽~」
「あったかいですねぇ~」
わたしは幽霊さんと一緒に大浴場でお湯に浸かっていました。特に他の温泉みたいに薬効成分がある訳ではないですが、やはり温かいお湯というものは気持ちがいいです。もう暫く味わうことはないと思っていました。
「あったかいお湯ってのはね、心までほぐしてくれんのよ~」
「幽霊さん、何だかおばあちゃんみたいですね」
「ま、実際そのくらいの年齢はいってるだろうし」
……外から誰かが歩いてくる音がします。
「お二人さん、湯加減はいかがですか~」
「「おっけ~」」
「左様でございますか~」
外から声をかけてきたのはおじさ……こほん、お父さんの
「入ってくんじゃないわよ、このロリコン」
この人は晃光さん……お父さんと一緒にわたしを助けてくれた幽霊さん。真っ黒な髪に真っ赤な瞳をしている綺麗な幽霊さん。お父さんと一緒に悪霊を祓っています。実はとっても強いですが、あまり昔のこととかは覚えていないみたいで、力も完璧には扱えていないみたいです。
「誰が入るか! どうぞ女子トークを続けて下さいませ~」
お父さんはそう言うとそそくさと帰ってしまいました。二人はいつもこんな感じですが、仕事の時にはとってもかっこ良くて頼もしいです。
「「はぁ~(*´Д`)」」
お湯に十分浸かったら身体を拭いて髪を乾かして……宿の着物を着たら次はこれ!
漫画やマッサージチェアが置いてある休憩スペースの一角にある冷蔵庫。わたしはこれを開けて瓶のコーヒー牛乳と普通の牛乳瓶を一本ずつ取ります。コーヒー牛乳はわたしで牛乳瓶は幽霊さん。
これの蓋を開けて……腰に手を当てて――一気飲み!
「「……ぷは~! ごくらく~」」
「オヤジか」
「最近幽霊さんに教えてもらいました」
「お前か……」
お父さんは顔に手を当てて呆れた様子を見せていました。
「っあ!」
「ど、どうした?」
「頭がキーンってします……」
「はぁ……」
わたしは頭を押さえながらマッサージチェアに腰掛けました。マッサージ機能を使わなくても座り心地が良いので、つい座ってしまいます。
「それにしても、幽霊さんも飲み物とか飲めたり食べたり出来るんですか?」
「ん? 出来ないわよ? ほら」
そういって幽霊さんはさっき渡した牛乳瓶を見せてくれました。中身は残ったままです。
「それじゃあ、何を楽しんでるんですか?」
「ん~うま味?」
「へ~……」
「だから楽しんだ後は勿体ないから、このおじさんにあげてるわよ?」
(残り物を貰ってるんだ……)
お父さんは少し嫌そうな顔をしながら渋々幽霊さんから牛乳瓶を受け取ります。
「お父さん、牛乳が嫌いなんですか?」
「いや……こいつが楽しんだ後の物って何て言うか……うま味?が無くて不味いというか、何と言うか……」
「あら、間接キスよ? ロリコンなのに喜ばないのね?」
「だからロリコンちゃうて」
わたしは自分が持ってるコーヒー牛乳とお父さんが持ってる牛乳瓶を見比べます。
「お父さん、あとで新しいの持ってきますね……」
「娘に憐みの目を向けられるのはしんどいて……」
「はぁ~今日も平和ね~」
二階の客室エリア。その一室でわたしと幽霊さんは布団を敷いて横になっていました。仄かに明るいくらいの電気を点けて、後は窓から差し込む月明りだけ。そんな空間の中でわたしと幽霊さんは語り合いながら寝ます。
「あの時はこんな生活ができるようになるなんて思ってもみませんでした」
「そりゃ、あんな場所に閉じ込められていたらそうでしょうね」
「幽霊さんは何でここに居るんですか?」
「……私が温泉宿がいいって言ったのよ」
「お父さん……晃光さんにですか?」
「ええ」
幽霊さんは懐かしむような眼差しで天井を見つめながら話を続けます。
「……何でなのか覚えていないけど、すごく寒くて、寂しくてね。心がまるで空っぽになってしまったみたいに冷え切っていたの。だから、温泉宿じゃなきゃ一緒に居ないって無理にお願いしたのよ。だって、温泉は――」
「心までほぐしてくれる――ですよね?」
「そうよ。そしたらあいつ、必死になって探してきて。見つけてきて権利も取ったからここなら好きにしていいぞって。ほんと、バカみたい……でも、そのお陰かしら」
――私が悪霊にならないでいるのは。
「……わたし、幽霊さんみたいなお姉さんが欲しかったです……」
「何か言ったかしら?」
「何でもないです。おやすみなさい、幽霊さん」
「……おやすみ、梢枝」
幽霊さんが悪霊になりそうなほど凍えてしまったとしても、その時はわたしが温めてあげます。わたしが貰った温かさを、わたしが返します。
月明かりが見守る中、わたし達は眠りにつきました。
「お姉さん……か。昔も、どこかで……」
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