1-6.奇妙な二人
「さて、ここがあの子の家みたいよ」
「どうだ、何か感じるか?」
「えぇ、ここから離れられない魂を感じるわ。恨み、憎しみ、悲しみ、無念……どれも立派な悪霊になるには十分ね。そう言うアンタはどうなのよ?」
「真っ黒い気だ。家中を真っ黒い気が包み込んでやがる」
「それじゃ、行きましょうか」
温泉宿の綺麗な着物を襟を左前で着て、帯を縦向きの蝶結びで結んだ黒髪の少女。一見サラリーマンのように見える体格の良い左手に数珠を持った男。二人は先ほど宿に訪れた少女の自宅へやってきた。
「さ、どうぞ?」
男は幽霊の少女に言われるがまま、家のインターフォンを鳴らす。
…………。
…………。
「……静かだな」
「返事無しは『入れ』の合図、でしょ? ほら行くわよ」
男は玄関の扉を開けて家の中に入る。入口の廊下は一見すると綺麗に掃除されているが、臭いまでは隠せていない。それと、靴が女性ものしかない。つまり、子供用の靴が一つも見当たらないということだ。
「それにしても、幽霊の見える子……ね。あんなにハッキリ私の姿が見えて、私もしっかりと触れられる子なんて、アンタ以外に初めてだわ」
「あぁ」
「あの子、アンタの流派に近いんじゃない?」
「幼すぎる」
「アンタもそう変わらなかったろうに」
真剣な表情で吐き捨てるように言い放つ男を、まるで子供を見るように言い返す幽霊の少女。二人は慎重に家の中へと足を進める。家の中へ進めば進むほど、異臭は強くなる。
まずはリビング。そこはゴミ袋が散乱して酷い有様だった。家族で腰掛けるであろうテーブルも汚れが酷く、到底食事ができる状態ではない。そして何よりも、女性もののドレスがあちこちに散らかっている。
「なるほどね。子供をほったらかしにして自分は男とイチャコラって訳ね」
「だとすれば、気の発生源はどこだ」
幽霊の少女は自身の身体を透かしてリビングの冷蔵庫をのぞき込む。中は冷えておらず、肉には虫が繁殖しており他の食材も見るに堪えない状態だった。
「食事はしばらくなし。となると、可能性が高いのはあの子な訳だけど」
「だがあまりにも生気が強かった。お前と同じだ」
幽霊の少女は男の元へ戻る。幽霊の少女は後ろ手を組んで次の部屋の洗面所を見つめる。二人はリビングを出て玄関横の洗面所へと向かった。洗面所は様々な化粧品が所狭しと置いてあり、鏡も垢で何も見えなくなっていた。
洗面所の奥はお風呂場だが、到底身体を綺麗に洗えるような状態ではなかった。床は滑り、鼻を衝く異臭を放っていた。
「ここも酷い有様だけど……」
「臭いの発生源はここじゃない。あの臭いは人が死んで時間が経った時の臭いだ。この家の何処かに死体がある。そこが気の発生源のはずだ」
「じゃ、次は……」
二人は洗面所から出て家の中の一室に向かう。そしてとある部屋の扉を開けた瞬間、男の言う真っ黒い気が強風となって二人を襲った。
「……なるほど。これは、面倒そうだ」
……ガチャ。
玄関の扉が開かれた。現れたのは昨夜宿に訪れたあの少女だった。コンビニに売っているおにぎりや飲み物を隠すように抱えた少女は、二人を見るなり顔を真っ青にし荷物を落とした。
「一体……何をしているんですか? そ、その部屋はダメなんです!」
小さな少女が発しているとは思えない剣幕。だがその様子は何かに怯えているようにも見える。
『おい……うるせぇな、何してんだよ……』
「あ……あぁ……」
小さな少女は震える足で玄関の扉へ後ずさる。そしてまるで腰が抜けたように玄関の扉にもたれ掛かる。男と幽霊の少女が開けた扉の向こうから現れたのは、ぼさぼさの髪によれたシャツを着たいかにも不潔そうな女性。顔のところどころにはメイクをした後があるが、恐らく落としていないのだろう。
『おい、ルールを言ってみろ』
「あ……は……」
『言え!』
「はい……! 『自分の靴は自分の部屋に片づけること』」
女性は怯える小さな少女を蹴り飛ばす。
「っうぅ! はぁ……はぁ……『家の中でお母さんに会わないようにすること』……!」
『あぁそうだよなぁぁ!』
また少女は蹴り飛ばされる。蹴られる場所はどこも服で隠れる場所。お腹や背中だ。
「い、痛い……もう……やめて……」
女性は涙を流す少女の髪を乱暴に掴んで小さな身体を持ち上げる。
『痛いならさっさとルールを言え、この化け物』
女性は廊下の奥に少女を投げ飛ばす。少女の身体は廊下の壁に当たり、少女は廊下の隅にうずくまる。
「けほっ……! う、うぅぅくぅぅ……!」
少女は血を口から垂らしながら、なお“ルール”を言い続ける。
「『ご飯は給食とご飯の残り物を食べること』……きゃぁ! うぅぅん……! 『お母さんの部屋には入らないこと』……あぅ!」
「そこまで」
幽霊の少女が指を鳴らすと、周囲の景色が変わる。さっきまで暴行を振るっていた女性は何処かへと消え、廊下にはぼろぼろになった少女と幽霊の少女、そして首から大きな数珠をぶら下げた男の三人のみとなっていた。
「まったく……とんだ力ね。急に目の前から消えちゃうんだもの。物音だけ聞こえて、まるでポルターガイストね」
「あ、あなた達は何者なんですか?」
「ふ~」
幽霊の少女はため息をつき、ぼろぼろの少女に顔を近づける。
「そんなことよりも……キミ、本当に気付いていないの? それとも忘れているだけ?」
「な、なんのことですか?」
「……もう」
――もう、死んでるのよ。
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