1-5.幽霊の見える子

 わたしには幽霊さんが見えます。見えるようになった時期は覚えています。あれはお父さんが病気で亡くなった頃でした。お父さんは原因不明の病気で治療ができず、どんどん弱っていって病院のベッドで亡くなりました。


 お父さんが亡くなる瞬間、わたしはお父さんの手を握りました。


「お前は……強い子だ■■。お前がもし窮地に陥ったら、お父さんが守ってやる……」


――ピー。


 電子音が病室に響き渡った時、ふと周囲に気配を感じました。わたしがばっと辺りを見渡すと、病室内でお父さんを囲うように看護婦さんや作業服を着た男の人、はたまた小さな子供が立っていました。


 わたしは驚きました。


「えっと……どなたですか……?」


 わたしは声を掛けますが、一切反応がありません。それどころか……何と言うか生気が無いのです。生きている感じ、というものが一切ありませんでした。その人たちは満足したのか、ゆっくりと部屋から出て行って、そのまま消えていきました。


 これが、わたしが初めて“彼ら”と遭遇した瞬間です。


 学校でもわたしには“彼ら”が見えます。あまりにもハッキリと見え、テレビなどで見るようなぼやけたモノではないので、一瞬本当にそこにいる人なのかと間違うこともありました。そのせいで……。


「うわ! 不気味女だ!」「おい! 今何が見えるんだよ!」

「俺の肩に何か憑いてるのか~?」


「あの子気味悪い」「独り言を言ってる時もあるみたいよ」

「一緒にいたら頭がおかしくなるんじゃない?」


「「お父さんがあんなだからね」」


 わたしは居ない子なんです。わたしは居ない方が良いみたいです。

 あの子も、その子も、みんなきっと、わたしが居ない方がいいんです。





 お家にはお父さんが居なくなってからルールがあります。


1.自分の靴は自分の部屋に片づけること

2.家の中でお母さんに会わないようにすること

3.ご飯は給食とご飯の残り物を食べること(残り物が無い日はご飯無しです)

4.お母さんの部屋には入らないこと


 もしルールを破れば、お母さんに蹴られます。お母さんに殴られます。洋服で隠れる場所を、お母さんの気が済むまで傷つけられます。


「あんたなんか生まなければよかった!」「呪われた子!」

「あいつと出会ったのが間違いだった!」「さっさと別れたかった!」

「死んでいい気味!」「あんたもさっさと死んじまえ!」


「あんたなんかいらない」


 わたしは居ない子なんです。わたしは居ない方が良いみたいです。

 わたしが居ると、お母さんが悲しむみたいです。だから、お母さんはあまり帰ってきません。綺麗に着飾ってどこかに行ってから、あまり帰ってきません。


 でも、それも最近はありません。自分の部屋の外から聞こえてきた声では、どうやら何かに騙されてお金がもう無くなりそうみたいです。


 夏休みは大変です。最近はご飯もあまり無いですし、給食もありません。お風呂の水を飲むことはできますが、お風呂場は口で息しないといけないくらい汚いです。だから、今日もご飯を自分で調達しないといけません。勿論、お母さんに見つからないように。


 わたしはそっと靴を履いて扉を開け、外に出ます。夏休みの今の時期は外はとても暑いです。ゴミ出しの日はまだ食べられそうな物があることもありますが、今日はゴミ出しの日ではありません。庭で食べ物を育てているお家であれば、こっそり取ることも前まではできましたが、最近は監視カメラも増えてそれも難しいです。


 そうなれば、残るは近くのコンビニです。コンビニは涼しくていいです。飲み物も沢山あります。でも、沢山持っていったらすぐにバレてしまいます。だから、ほんの少し。ほんの少しだけ持っていきます。おにぎりと飲み物を少し。今日も何とか食べ物を調達できました。


 これがイケナイこと、つまり犯罪であることはわたしも分かっています。でも、わたしが生きる為にはどうすれば良かったのでしょうか。こんな子供が生きる為にはどうすれば良かったのでしょう。助けを求めるには、もう遅すぎるのです。





 帰り道。日が沈み始める夕方。夜に移り変わるこの時間帯は“逢魔が時おうまがとき”と言うそうです。だからなのか、この時間帯になると“彼ら”が急に増え始めます。みんな俯いて、何だか苦しそうです。


「死んでも、苦しいのかな……お腹は空くのかな?」


 わたしは居ない子なんです。わたしはもう楽になりたいのです。

 例え死んだら天国に行くというのがただのオカルトでも。

 例え死んだらずっとそこで苦しむことになったとしても。

 わたしは、今この瞬間から解放されたいのです。


「お父さん……お父さん……約束したじゃん……」


 幽霊さんならわたしを殺してくれる。そこなら幽霊さんと一緒に死ねる。

 わたしはそう思っていました。

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