1-2.幽霊さんと変わったおじさん
「まったく……あれほど言ってるのに何で入って来るのよ……」
さっきの脱衣場に置いてあった綺麗に折り畳まれた着物を着た女の子は、くしで髪を整えながらおじさんに文句を言っていました。
わたしと同じくらいの背丈……小学5年生くらいでしょうか。真っ黒で艶があり腰辺りまで伸びている髪。肌は……やっぱり真っ白で、目は綺麗な赤い目をしていますがやっぱりハイライトがありません。そして何よりも……足の方は透けています。
「お前がいつものように大声を出すから心配して見に来てやったんだろ? 全く……お前が驚かす側なのにお前が驚いてどうする……」
宿の電気を点けて頭をタオルで包んだ保冷材で冷やす背が高いおじさん。多分学校の先生くらい……40代半ばとかなのかな? 身体は見た目よりも鍛えていそうで、しっかりとした身体つきをしているみたい。服装は……うん、そこら辺に普通に居そうなTシャツに短パンの恰好。
「そりゃあ、お風呂に入ってるところを他の人に見られたら驚くでしょ!」
「いや、お前を見た人の方が驚くよ……」
そこら辺に落ちていた雑誌が浮き始め、おじさんの頭をぺしっと叩く。
「あのぅ……すみません。ここって、幽霊が営むっていう温泉宿で合っていますか?」
「……?」
おじさんと幽霊さんはお互いの顔を見比べます。
「お前、ここ実は経営してたのか? まさか生前、そんな才能を若くして持ってたのか?」
「んな訳ないでしょ。どこかの誰かがきっと根も葉も無い噂を流したんでしょ」
えっと……根も葉もあるような……。
「まぁ、ここで話していても仕方ないから、二人とも休憩スペースに行くぞ」
脱衣場を出るとさっきまで暗かった通路に電気が通って明かりがつき、綺麗で普通に営業していそうな温泉宿が姿を現していました。木造建築というのがまた温かみを持たせていて、とてもいい雰囲気でした。
「一階は受付とか大浴場、あとは休憩スペースなんかがある。勿論、従業員用の休憩エリアもあるぞ」
「でもあの部屋を使う人がそもそも居ないじゃない」
「まぁ、それはそうだな」
まるで当たり前のようにこの人?達は会話してわたしを案内しています。夢でも見ているのでしょうか。
「さ、着いたぞ。漫画からマッサージチェアまで何でもござれだ」
明るくて広々とした部屋。クーラーが効いていて、奥にはそれなりの大きさの本棚がありました。入っている本は……鬼殺しの剣……葬儀屋のエルフ……どれも最新もの……。
「最近……最近って言ってもそれなりに前だけどこの“鬼殺しの剣”って漫画が完結したのよね。アイツはこういう漫画を読みながらマッサージチェアでくつろぐのがお好みみたいよ」
「あれは最高やで……疲れ切ったこの肉体が癒されるんじゃ……」
「なに言ってるのよ、このおじさんは」
「おじさんちゃうわ。まだ30代前半のお兄さんじゃ」
「っえ、そうなんですか?」
私は40代半ばくらいだと思っていたので、さらっと思っていたよりも若い年齢を公開されて思わず口走ってしまいました。
「うそ、俺そんなに老けて見える……?」
「ほら、やっぱおじさんじゃない」
「(´・ω・`)」
なんだろう、この人達……。
(すごく生気を感じる……!)
「あ、あのぅ……すみません。ここには噂を聞いて来たんですけど……」
「「どんな噂?」」
「えっとぉ……『夜な夜な何者かの話し声や叫び声が聞こえる』とか……」
それを聞くとおじさんは呆れた顔で幽霊さんの方に振り返り、ため息をつきました。
「お前なぁ……散々言ってるだろ。驚かすなら叫ぶんじゃなくて、なんて言うかこう……もっとおどろおどろしく驚かせよ。叫んだら近所迷惑だろ……」
「好きで叫んでる訳じゃ無いですし、驚かせようと思ってやってる訳じゃないですぅ! なんか勝手に人がいっぱいこっちの入浴中に入って来るのがいけないんですぅ!」
っあ、そうなんだ。肝試しスポットに居る幽霊さんも大変そう。というか、近所も何もここって山奥だと思うのですが……。
「あとは……『この世に未練を残した少女が寂しさを埋める為に生きてる人を引きずり込む』……とか」
それを聞くとおじさんは哀れむような顔で幽霊さんの方に振り返り、幽霊さんの頭を撫で始めました。
「お前、実は寂しかったのか。気付けなくてすまない」
「なに勘違いしてんの、このロリコンは……。とりあえず頭撫でないでくれない? アンタに撫でられるとチリチリして不快なのよ」
幽霊さんはサッとおじさんの手を払いのけました。すました顔の幽霊さんに、何にも分かってなさそうなおじさん。前に見たyoutuberさんも言っていたけど、オカルトとはなんて儚いものなのでしょう。積み立てられた噂が全部目の前で崩れていきました。
「で、キミは何でこんな宿に来たのよ?」
「えっとぉ……それは……」
わたしはリュックの紐をぎゅっと掴んで唇を少しかんだ後、二人に答えました。
「町で噂されている真実を確かめる為に、肝試しを……」
「……ふ~ん。一人で肝試しねぇ~十分肝は据わっていると思うけど? あそこでマッサージされてるおじさんはそんな肝は無いでしょうし」
「おじさん言うな、お兄さんじゃ。それと肝無しは否定せん」
「ふん」
幽霊さんはおじさんのことを鼻で笑ってわたしの肩に手を当てました。ひんやりとして冷たく、熱い今の時期には心地よい手でした。
「こんなところに来る必要は無いわ。キミは十分肝が据わってるじゃない。こんな時間だし、早く帰りなさい」
「……幽霊さん、いくつなんですか?」
「女性に年齢は聞くものじゃないわよ」
「……そんなに変わらなそうなのに……」
「何か言ったかしら?」
わたしは何も言わずに頭を横に振りました。「よろしい」と言わんばかりに幽霊さんは頷き、わたしの肩から手を放しました。
「じゃ、おじさん。山道の入り口まで見送りよろしく~」
「もう突っ込まん。もう突っ込まないからな」
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