弥太郎くんの恋人

十夢

第1話 学生

 「ああ・・・。渋滞・・・。朝からついてないなあ・・・」


今日から大学に編入学する渡来弥太郎(とらいやたろう)20歳は、朝から生憎の渋滞に巻き込まれて居た。


 「うっへ〜。田舎、田舎と思って居たけどさあ・・・。田舎の道でも渋滞があるんだなあ・・・」


 弥太郎は初めて運転する大学への田舎道で毒づく。


 渡来弥太郎20歳。彼は、都会から田舎の大学へと編入学を決めた男子学生だった。彼は、生来、生真面目で時に、あり得ない大ボケをかます天然キャラだった。


 「どうしたものか・・・」


 大学へと至る道はこの登り坂の一本道だけだった。


 「編入早々遅刻って・・・」


 さすがの弥太郎も焦りを隠せなくなる。


 「こう言う時ってどうすればいいんだろうなあ・・・?」


 弥太郎は車のドアを開けて肩肘を着いた。


 ”ビュ〜ンッ”


 弥太郎の肩越しに風が吹き抜けて行く。


 「な、なんだあ・・・?」


 弥太郎は窓から顔を出して風の行き先を覗き込む。


 「ん・・・?同じ学生さんかなあ・・・?」


 サイクルタイプの自転車を乗りこなす後ろ姿を弥太郎は見送る。


 「女の子・・・だったのかな・・・?」


 弥太郎は風が置いて行った残り香に鼻をひくつかせる。


 ”ヒクヒク・・・クンクン・・・”


 「甘〜い香りだなあ・・・」


 弥太郎は妄想に駆られて鼻の下を伸ばす。


 ”ブッブー!ブッブー!”


 けたたましいクランクションの音が方々から鳴り響いた。


 「うあっ!いっけねえ〜」


 弥太郎は慌ててクラッチを踏む。


 「いまどき、オートマ車じゃない車なんてなあ・・・」


 弥太郎は年が離れた兄が遺して行った愛車を大事に使って居たのだった。


 車が動き出すと通りの流れはスムーズになった。これまでの渋滞は大学へ向かう一歩手前の交差点で起きて居た渋滞だったようだ。


 弥太郎は構内に入ると学生駐車場に車を停めた。


 「ここから学内まで歩いて・・・と・・・」


 歩道にはまるで林道のように緑葉の茂る木々が植って居る。


 弥太郎はふと思い立って、駐輪場の様子を眺めた。


 (さっきの彼女は居ないのかなあ・・・?)


 白い屋根が並ぶ駐輪場には、颯爽と駆け抜けて行った女学生の姿は無かった。


 「ざ、残念・・・」


 弥太郎は下を向いて歩く。


 「ねえ・・・?」


 弥太郎は声に気づいて後ろを振り向いた。


 「あなた・・・?ここの学生さん・・・?」

 「えっ?ああ、まあ・・・。うん・・・。はい」

 弥太郎は曖昧に答える。


 「私もそう・・・。一応、今日からここの学生なんだ・・・」

 弥太郎はそう話す人物の全体像を見回す。


 (あっ・・・、あの子だ・・・)


 弥太郎は”ドキンッ”と胸を高鳴らせた。


 「あ、あの・・・さあ・・・」

 「何?」

 「き、君、さっき・・・自転車に乗って居なかった・・・?」

 「えっ?」

 「あ、あの・・・だから・・・、自転車・・・?」


 「ああ、うん。初めてだったからまだよく分からなくて・・・。今日は自転車で来てみたの・・・」

 「へええ・・・、ああ、そう・・・」

 「あなたは?どうやって来たの?」

 「ああ、俺・・・?俺は、一応・・・車かな・・・」

 「あら、すごいじゃない?」

 「すごくない、すごくない・・・、古いオンボロ車だから・・・」

 「ふう〜ん・・・」

 女の子は見つめる。


 「えっ?な、何・・・?」

 「ううん・・・何でもないよ・・・」

 「そ、そう・・・?」

 「うん」


 その子は一人でサッサと先を行ってしまいそうになる。


 「ま、待って・・・」

 「なあに〜?」

 女の子は振り向く。

 「な、名前・・・教えてもらえるかな?」


 「あなたは?」

 「ああ、ごめん。俺が先だよね・・・。俺は渡来弥太郎」

 「私は、ミク。未来と書いてミクだよ」

 「ミクさん・・・?」

 「ミクでいいよ。フルネームが要る?」

 「ううん。全然・・・」

 「じゃあ、よろしくね。”トライ”くん?」

 「えっ・・・ええっ・・・。”トライ”って”try"なの?」

 「うふふ。面白いかなって」

  ミクはイタズラっぽく笑った。


 (トライかあ・・・)


 弥太郎はミクに恋の”try”を心に決めた。

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