第17話


 その後、いつもの場所に戻り石段に腰を下ろす俺たち。


 小腹は減りつつも、でももう弁当という気分でもない。そもそもあと少ししたら予鈴もなるだろうし。


「二回目ね。田中君に助けられたの」


「大袈裟だろ。っつうか大樹が来てくれなきゃどうなってたか分かんねえし」


 俺は大した勝算もない癖にただ飛び出しただけだ。

 冷静になって考えれば職員室に電話するとか他に出来たこともあったわけで。


 そんな俺に向け、永瀬が首を横に振る。


「そんなことない。カッコ良かったわ。ほんとよ?」


 濁りのない瞳を真っすぐ俺に向けてくる彼女に気恥ずかしさを感じながら「バカ言うなよ」と顔をそむけた。


 すると永瀬が追いかけるかのように下から覗き込んでくる。

 

「でも……。どうして? 私、田中君に助けてもらえるようなことなんて何もしてない。それどころかいつも付きまとって。嫌がられてるとばかり思ってたのに」


「そんなこと……」


 出会った当初はたしかにそうだったかも知れない。

 けど少なくとも今はそうじゃない。

 それだけははっきりと言えた。


 それに、


「自分でもわかんねぇよ。気付いたら飛び出してたから……」


 もしあの時、相手が永瀬じゃなかったら俺はどうしてたんだろう。正直、それに関してはそのシチュエーションになってみないと分からない。


 と、急に永瀬が口元に手を添えプッと笑い始め。

 対する俺は目をぱちくりとさせた。


「なんだよ急に笑って」


「ごめんなさい。思い出しちゃったのよ」


 目のはしにはうっすらと涙が。

 いったい何を思い出したらさっきの今で急にそうなるんだ?!


「ねえ、覚えてない? 私が田中君にハンカチを渡そうとした時のこと」


 『永瀬』、『ハンカチ』というマイパワーワードですぐに記憶が掘り起こされる。

 というか忘れるわけがない。今となっては触れて欲しくない黒歴史ナンバーワンだから。


 そう。あの時錯乱してた俺は助けようとしてくれた永瀬の下着の色を言ってみたり、そのあともブラジャーを覗き込んだりして。まるでそんなつもりでも気分でも無かったはずなのに結果的に散々彼女にオイタを……。


 納得です。たしかに思い出したら笑っちゃいますよね!

 どうか忘れてくださいお願いします!!


「あぁもうっ! 悪かったよ。反省してるってば」


 目を合わせていられず只々頭を下げる俺に永瀬がまたクスっと笑う。


「別に反省しなくてもいいのよ? 見たいって、そう思ってくれる方が私だって嬉しいし。ね、今も見たい?」


 言うや悪戯っぽい目でスカートの裾を指で摘まみ始める永瀬。

 そんな彼女に「み、見たいわけねぇだろっ」と俺は決死の嘘で顔をそむけるしかなかった。

 もうこれ以上は首が捻じれて折れそうなんですけど。


 と、嘆息を一つ挟んだ永瀬が両手を組みうーんと上に向け背筋を伸ばす。


「ああいうのが嫌だから一人でいたのにな。きっと、ここももう駄目よね」


 どこまで言っても目立つこいつのことだ。

 誰かといると面倒ごとも尽きないんだろう。


 陽キャボッチと陰キャボッチ。

 陽と陰の大きな違いこそあれ同じボッチだ。気持ちは分からないでもない。と思う。


 この場所に関しては大樹の一件もあるし、さっきの茶髪あいつがまたやって来るのは考えにくいとして。

 でも永瀬がここにいるって噂が広まらないとも限らないよな。


 俺は永瀬に掛けられる言葉を懸命に探す。

 そして、


「あのさ、永瀬」


 いつもと違う気配に気付いたのか、永瀬は長い睫毛を少しだけ揺らした。

 そんな彼女に俺も視線を合わせる。


「昼飯。これからは一緒に食わないか?」


「え」


「それと」


 俺は携帯を取り出すとぶっきらぼうに永瀬へ差し出した。


「交換しようぜ。アドレス……」


「ちょっと待って。でも昨日、田中君——」


「だからっ。昨日は昨日、今日は今日だろ? っつうか、もしさっきみたいなことがあったら危ないしさ。なんつうか、力になれるかどうかは分かんねぇけど。多分、先生くらいは呼べると思うから」


「田中君……」


 そう言って数度目をしばたかせたあと、「うん」と何やら思い至ったらしくフッと柔らかく頬を緩めると永瀬も携帯を取り出した。


 そして二人、スマホをかざし合う俺たち。

 同時に携帯がピコンと鳴り、次いで永瀬がクスっと笑い始める。


「田中君のアイコン。これって春巻きじゃない?」


「べ、別にいいだろなんでもっ。自分だってなんだよこれ。犬か羊か分かんねぇし」


 モワモワの毛の愛らしい動物は犬と羊のどっちにも取れた。

 春巻きと違って可愛いけど。でも春巻きは食べられるぞ。


「知らないの? ペドリントンテリアよ」


「え? ペドリトテ……なに、それ?」


 結局聞いても分からない。

 そんな俺に永瀬が呆れたように大袈裟に溜息を吐き出しながら肩をすくめて見せる。


「だから。ペドリントンテリアよ」


「だから、聞いても分かんな——っつうかわざと言ってるだろお前っ」


 遅まきながら永瀬がいつもの悪戯っぽい目をしてることに気付き抗議の意を唱えるも、涼し気な顔で「あら。今更気付いたの?」と返されてしまう。

 

 ったくこいつは。


 相変わらず掴みどころのない永瀬に俺は「はぁ」と内心で溜息をきつつ、


 一方で彼女にいつもの掴みどころのない笑顔が戻ったことに不思議な安堵感を覚えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る