第18話
永瀬と昼休みを過ごすようになってから一週間が過ぎた。
俺は自室のベッドにごろりと寝ころびながら、両肘を着きスマホを眺める。
増えたアイコン。
結局のとこペドリントンテリアは犬だった。
やっぱ羊にも見えるけどな。
込み上げる笑いを
まあキャラ的にも納得というか、内容は必要最低限の淡々としたものだ。
それもそのはず。実際のとこ、登校時を除けばほぼ全部の時間帯であいつとは会ってるわけで。そもそもわざわざチャットで話すこともないのだ。
そんな中、俺の中で永瀬の存在が大きくなっていくに連れて怜奈さんの存在が薄れていってるような気がする……。
なのに頭の片隅にはずっと残ったままで。
この残骸もいつかは綺麗に消えてしまうんだろうか。
俺は今まで見なかった玲奈さんとのトーク画面を恐る恐る開いてみる事にした。
あの時よりかなり気持ちは和らいでる。
今日ならいける。多分。
目を瞑り意を決すると、俺は画面に目を向ける。
『今から会えないかな?』
最後に俺が送ったメッセージはやっぱり未読のままだった。
というかその前のメッセージも、またその前のメッセージでさえも……未読のまま放置されていた。
ははっ。こんなんで連絡が来るはずなんか無いじゃん。
一瞬思い出したくもないあの光景がフラッシュバックし掛け、俺はぶんぶんと左右に首を振りそれを打ち消した。
親指でくいっと画面をスクロールしてみる。
すると俺の送った長文メッセージや自炊写真とかがずらりと画面を埋め尽くしていた。画面割合でいうと俺が10、玲奈さんが0の時すらある。
内容はくだらないことばっかで。料理の話とかテレビで見た事とか、今見直してみるとよくもまあこんなにも自分の話ばっかりツラツラと書いたもんだ。
ずーっとずーっと。
どこまでスクロールしても俺のメッセージが画面を占めた。
玲奈さんからの返事は良かったねとか頑張ったねとかすごいじゃないとか。
ぽつり。
ぽつりと……。
でもその一言をもらえるのがいっつも嬉しくて……。
俺は飽きもせずに……。
「うぅっ……くっ」
手に雫が一滴ピトと落ちた。
その瞬間今までの思い出がどばっと溢れ出した。
玲奈さんは優しくてとっても温っかい人で、いっぱい甘えさせてくれていっつも俺の話をうんうんって聞いてくれて……。
思い出せば出すほど目から熱いものが出始めてもう止まらなかった。
歯を食いしばると喉も熱くなってくる。
「うぐっうぅぅっ……」
やっぱまだ……駄目じゃないかよぉ……。
*
「お先っす」
「おっつかれ~っ。遅いし気をつけて帰りなよぉ」
バイトを終えてバックヤードを出た俺が声を掛けると、由紀さんがシャッターの締まる店内でひらひらと手を振ってくれる。
この人ってばほんとに疲れ知らずだよな。
俺はもうへとへとなんですけど。
夜の八時を過ぎたショッピングセンター。外はもう真っ暗だ。
腹減ったし早く帰りたい。そんなことを考え足早に歩き始めると、壁際に佇む一人の少女が目に飛び込んできた。
「井川……」
「待ち伏せみたいなことしてごめんね。お店に顔を出すとまた店長さんに気を遣わせちゃうかなと思って」
目をぱちくりとさせる俺にそう言うと井川は苦笑いを浮かべた。
「お昼休み。最近あの子と一緒にいるんだよね?」
2度目のマッケ。
正面に座る井川は開口一番俺にそう告げてきた。
「えっ。なんで井川がそのこと知ってんの?」
「なんでって。知ってるのは私だけじゃないよ。ちょっとした噂になってるもの」
逆に知らないの? そんな目を向けられる。
そっか。噂になってるんだ。
たしかに視線を感じることは多くなった気がしてた。けど自慢じゃないがぼっちは噂に
「田中くん。この前話した時はあの子の事あんまり知らないって言ってたのに。一緒にも帰ってるでしょ」
あれ。もしかして……怒ってる?
頬を少し膨らませる井川に小首を傾げる。
「まあ、昼休みはともかくとして。放課後は仕方無くというか。いや、違うか。俺も自ら一緒に帰ってるとこはないこともないんだけど……」
永瀬だけを理由にするのはフェアじゃない気がして、途中からわざわざ言葉を切り替える。
つうか、なんで弁解してるみたいになってんだろ。
これじゃまるでカップルの会話だ。
「でも。そんなの井川に関係無くないか? なんでそんな話してくんだよ」
しかもわざわざバイト終わりに待ち伏せしてまで。
すると井川がくりっと大きな瞳をこちらに向けてくる。
その唇を少しだけ尖らせて。
「わ、分かんないよ。でも気になっちゃうのっ」
意図的かどうか分からない。
けど、とにかく想像を絶する破壊力だ。
なにこの子。
天使かなにかの生まれ変わりなの?
ちなみにまさか井川に限ってねぇ、そう思いつつもどこかでモニタリングされてるんじゃないかとついキョロキョロしてしまう被害者スペックの俺。
「あのさ。井川って
少なくとも
「なんで急に田臥君が出てくるの? というか全然ならないよ。もちろんいい友達だとは思ってる。けど恋愛とかじゃないっていうか。きっと田伏くんだってそうだと思うし」
「そうなんだ……」
そんなこと無いと思うけどなぁ。
「た、田中くんは彼女いないんだよね? いるの? 彼女っ」
なんでいない前提から始まるんだよ。
まあ傷付いちゃうほど自己評価も高くないんだけどさ……。
「いたよ……。ついこの前までは」
「えっ」
井川は小さな口を手で押さえながら大きな目を丸くする。
やっぱちょびっとだけ傷付くんだけど。もしかして自己評価高いのかな、俺って。
「……でもこの前までってことは。今はいないん、だよね?」
「うん、まあ。……フラれたから」
多分……。と言いかけたけどやめた。
「そっか、じゃあ今は一人なんだ」
いったいなんなんだよ。
今日の井川ってばグイグイき過ぎじゃないか?
これはやっぱ、俺のこと好きかも説を再浮上させても良いのでは?
そうこうしていると俯き加減に少しもじもじしたあと、「田中くんっ。あの! あのね……」と意を決したように井川が俺に視線を合わせてくる。
「私と連絡先交換してくれない、かな? じゃなくて交換してくださいっ」
そう言うとぎゅっと目を瞑る井川。
その必死さすら感じる愛らしい姿にドキッとしてしまう。
なにこれ。
まるで告白されたみたいな衝撃というかなんというか……。
たかが連絡先を聞かれたくらいで勘違いしそうになる俺はやっぱヤバイ奴なんでしょうか?
誰か教えてください。
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