第20話
無意識だったとはいえ失敗も失敗だ……。
「そこに山があるから」やっぱそれが人間心理ってやつなのかっ。
相変わらず目一杯の恥ずかしさに
今は肩越しまで伸びたその髪が重力でするりと
「私、可愛くなったでしょ」
掛けられた声に顔を上げる。
目の前で微小に揺れる長い睫毛。その奥で俺を見つめてくる二重のくりっとした大きな瞳に吸い込まれそうになる。
それだけじゃない。
意志の強そうなきりっとした眉も、奪いたくなるような潤いのある唇も。全部。どっからどう見たって全方位で美少女だ。
妖艶で小悪魔っぽくて。なのに凛としてて。
正直、一瞬
可愛くなった。間違いなく。
けど、そのまま可愛いって言うのはなんか癪で。
でも可愛いと思ってるのに可愛くないって言うのもなんか自分に負けたみたいでもっと癪に思えたから。
だから俺はぼそっと、聞こえないくらいの小さな声で言った。
「可愛く……なったよ」
「え。今、田中君……。なんて?」
信じられない。そんな
「可愛くなったって。そう言ったの?」
「聞こえてんじゃねぇかよっ」
ツッコむと永瀬の驚いた表情が嬉しそうな笑みに変わり、同時に自分の顔がかぁと熱くなるのが分かった。
そんな俺に彼女は駄目押しの言葉を放り投げてくる。
「田中君……。好きよ」
「ブッ。お、お前何言い出すんだよっ」
「だって。ほんとのことだもの」
「だから、そういう問題じゃねぇんだってばっ」
マジで俺の精神衛生的に悪い。
っつうかなんでこいつはこんなにもストレートなんだよ。
普通はちょっとくらい本心を隠すだろうに。
「あ、あのさ。お前、俺とどうなりたいの? そんなに好き好き言ってきて」
「そんなのもちろん決まってるじゃない。付き合って、いろんなことがしたいのよ」
「え!? いろんな、こと……って」
「ちょ、ちょっと……。まさかそれを今ここで言わせるつもり?」
珍しく永瀬も頬を紅潮させ、そんな彼女を見て俺も顔が更に熱くなる。
「だよなっ、ご、ごめんっ! 悪かった」
「べ、別に言ってあげてもいいけど? いろんなこと」
そんな俺にぐっと顔を耳元に近づけると永瀬が囁いた。
火に油を注ぐミスリードにより俺の顔が火事になる。ただのバカだ。
「うそうそっ! マジでごめんってば!」
「ふふ。ほんと田中君って可愛いわね」
永瀬は満足した様に大人ぶった顔で視線を外した。お前も大概赤ら顔だと思うけどね。
はぁ心臓に悪いわ。マジで寿命縮む。
でも……。こいつって答えは求めてこないんだよな。
なんでなんだろう。本気でからかわれてるってわけじゃないとは思うけど。
「あのさ、お前って今まで誰かと付き合ったことあんの?」
「え。ないに……決まってるじゃない」
何言ってるんだとばかり、永瀬は大きな目をぱちくりとさせる。
「そっか。だ、だよなっ」
あの事故で俺に一目惚れしたってんだ。その後誰かと付き合ってたら辻褄が合わないだろ。我ながら変な質問過ぎだ。
「田中君は……あるのよね? 付き合ったこと」
永瀬はすっと真面目な顔に戻すと真っすぐに俺を見つめた。
もちろんこいつは俺に彼女がいたことを知ってる。だけどあの時に何があったのかまではまだ話してなくて。
知りたいけど聞けない。永瀬の表情はそんな風に映った。
「えっと……」
言葉を濁しつつも、今のは完全に自分で墓穴掘ったよな。まあ自分で蒔いた種だ。
それにいつかは話すことになるって思ってたしな。丁度いい頃合いなのかもしれない。そう思い、意を決する。
「あの、さ。知ってるとは思うけどお前とあのマンション前で会った時、俺、彼女の部屋に行ってたんだ。で……あの……」
その時、あの見たく無い光景がフラッシュバックし二の句が継げなくなってしまう。
意識に反して声が出せなくて……。そのまま思考が停止してしまい、俺は気付いたら俯いてしまってた。
「田中君……。無理して言わなくていいのよ?」
「悪い……。自分から振っといて」
心配そうに俺を見つめてくる永瀬に
「大丈夫、言わせて。実はあの時さ、彼女の浮気現場見ちゃって……。散々文句言って、合鍵も放り投げてマンションから飛び出したんだ」
もうすぐ日が暮れるためか公園は人気も少なくなっている。
俺たちは設置されたベンチに横並びで座り話を続けた。
永瀬も改めて話してくれる。
偶然マンションで俺を見かけたことや只事じゃないと思って後をついて来たこと。それにあの時倒れてた俺を放っておけずに助けたこと。
「そっか。俺、そんなに思いつめた顔してたんだ」
「うん……」
「なんか、あの日はすっごく嫌な胸騒ぎがしてさ。行かなきゃって思ったんだよ」
黙って相槌を打つ永瀬に俺は話を続ける。
「それまでもメッセージが全然既読にならなくて。玲奈さんの身に何かあったんじゃないかって思ってて。何か困ってる事あったら助けなきゃって……」
「田中君……」
「それなのに。浮気されてたなんて……。バカみたいだろ?」
「そんなことない! 全然……バカみたいじゃない」
澄んだ瞳を真っすぐ俺にぶつけてくる永瀬。その目から嘘は感じられない。
「ありがとな……。でも、まだどっかでさ、玲奈さんを信じたい自分もいて……。だって玲奈さんはめっちゃ、あったかい人……だもん……」
俺がみっともなく肩を震わせていると、永瀬はゆっくりと俺の肩に手を回し自分の胸にそっと引き寄せてくれる。
「こうしたらなんだか落ち着くの。昔よく祖母にしてもらったわ」
そう言うと永瀬は俺に向けニコッと柔らかく微笑んだ。
言葉の通り、彼女の胸の中はすごく温かくて心が落ち着く気がした。
「うぅっ……」
それに気づいた永瀬はチェック地のハンカチを優しく添えてくれて。
でも俺の目と鼻から溢れ出る水分でそれはすぐグチャグチャに汚れてしまう。
「うぐっ、ごめん、永瀬……洗って返すから…さ。もうちょっとだけ、こうさせて……欲しい」
「バカ。そんなこと気にしなくていいのよ」
その後、俺は人目も憚らず
そんな俺を永瀬は何も言わず泣き止むまで優しく抱きしめてくれて……。
彼女の身体は俺より小さいはずなのに。
なぜかとても大きく感じられた。
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